第6話 春葉の本気 その1

「おはよう」

「おはよ」


 翌朝、教室で春葉といつも通りにあいさつを交わした。その春葉の笑みは向日葵の様。にこやかで愛らしくて、見ているこちらの心まで、ぽかぽかと温めてくれる。


 対して俺は、夏月にこっそりと浮気を要求されている身だ。後ろめたくて、ちらっと窓際に座っている夏月を見るが、彼女が俺たちを気にしている様子は全くない。逆に俺だけがそわそわしていて、なんだかとても情けない。


 俺はそのまま春葉との会話を打ち切って自分の席に座った。朝はあいさつと本の貸し借りだけと決めている。理由はわからないが、みんなにはナイショのお試しのお付き合い。だからこれ以上、クラスでの距離間は縮めない。


 学園で人気者の春葉にとって、俺の様な一般モブ生徒が彼氏というのは見栄えが悪いのかもな、と考えもした。でも、春葉は学園カーストなんかを気にする子じゃない、とも思っている。だから、実のところはわからない。


 そんなことを考えていた時、教室がざわっと波立った。


 何事かと思い、視線を向けると――出入り口から見知らぬ女生徒がずかずかと入ってきた。そして、俺の前まで一直線にやってくる。


「高持冬也さんですね」


 彼女は、赤いネクタイをした一年生だった。


 整ったセミロングの髪に、どことなく高貴な雰囲気を漂わせている。でも、その視線は鋭く、俺をまっすぐに見据えている。


「えっと……そうだけど。君は?」


 俺がそう返すと、彼女は怯むことなくはっきり答えてきた。


「一年一組の山名葵やまなあおいです。単刀直入に聞きます。義姉と付き合ってるんですか?」


 義姉?  義姉って誰だ?


「私の義姉、山名春葉とです」


 ……は?  義姉?  春葉が?


 驚く俺をよそに、教室中がざわめく。クラスメイトたちも同じくらい驚いているみたいだ。


 ということは、春葉とこの葵さんは、義理の姉妹ということか?


 春葉の新しい家族関係については、特に突っ込まずに流していた。話す機会があれば、春葉から言ってくるだろうくらいに思っていたんだが……。


「葵、それは誤解」


 隣に座っていた春葉が慌てて立ち上がり、割って入ってきた。


「私と冬也君はただのお友達。趣味が合うだけで、付き合ってるとかそういうんじゃないから」


 珍しく焦った様子で否定する春葉。その姿に、クラスの注目が一層集まる。


「本当ですか、義姉さん。私たち、男性との勝手な交友は厳禁だってわかってますよね?」

「わかってる。冬也君とは本当にただの友達。それ以上じゃないの」


 春葉の必死な説明に、葵は渋々納得した様子だったが、今度は俺に向き直ってきた。


「高持先輩。お友達だからといって、義姉さんには手を出さないでください。会話は最低限、手も触れない、顔も見ない。いいですね?」


 めちゃくちゃ怖い顔で釘を刺され、俺は思わず「はい……」と答えるしかなかった。


「葵が心配してくれてるのはわかってるから……」


 春葉がなだめるように微笑むと、葵もようやく落ち着き、教室の中に乱入したことを丁寧に謝った。


 それで場は収まり、クラスメイトたちも「だから高持が春葉さんと付き合うわけないって!」と安心した様子で笑い合っている。


 やがて予鈴が鳴り、朝の一騒動はようやく幕を閉じたのだった。

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