第7話 春葉の本気 その2

 午前の授業が終わり、昼休みになった。ちらりと春葉を見たけど、特に変わった様子はないし、俺に対する反応もない。


「これで終わり、か……」


 落ち込んだ俺は一人教室を出て、校舎裏の秘密の場所へ向かった。そこで座り込んでうつむいていると、ふわりと温かい声が耳に届く。


「冬也君」


 顔を上げると、にこやかな微笑みの春葉が立っていた。いつも通り、優しい笑顔だ。


「冬也君、朝はごめんね」


 そう言いながら、春葉は俺の隣に座り、小さなお重を広げた。


「今日はおせち風にしてみたの。一の重は筑前煮、二の重はかまぼこや黒豆、三の重にはおにぎりだよ。味見してみて?」


 彼女は箸でごぼうの煮物をつまみ、俺の口元に差し出してくる。


「はい、あーん」


 俺は驚きつつも口を開けた。けど、朝の葵との会話が頭をよぎり、思わず聞いてしまった。


「……俺たち、ただの友達で付き合ってるわけじゃないんじゃなかったのか?」


 春葉はふふっと笑って首を傾げた。


「でも冬也君、今日もここで待っててくれたよね。それって、冬也君の方も私をただの友達だとは思ってないってことでしょ?」


 その言葉に反論できず、俺は仕方なく筑前煮を口に運んだ。味は……よくわからない。心がぐちゃぐちゃで。


「朝は葵にああ言ったけど。私は冬也君との“お試し”をやめるつもりはないから。軽い気持ちでオッケーしたなんて思われるの、心外だなぁ」


 春葉が俺をのぞき込んでくる。その表情に、俺は焦って弁解した。


「いや、やめたいとかじゃなくて! でも春葉にもいろいろあるみたいだし、俺なんかでいいのかなって……」


 すると春葉は箸を置き、俺の顔を両手で掴んでこちらをじっと見つめた。


「冬也君、自分を卑下するの、ダメ。それって私が決めたことを否定するのと同じだよ? 私を嫌いになったとか飽きたとかなら別だけど、私のことを考えて冬也君から距離を置くのって違うと思う」


 真剣な表情に、俺は完全に言い負かされた。


「ごめん……俺が間違ってた。春葉が本気で俺と終わりたいんだと思ってた」

「違うよ。むしろ私は……冬也君に本気だよ」


 その言葉に心臓が跳ねる。春葉はなおも続けてきた。


「隠れて会うしかないのはもどかしいけど、それでも私は冬也君とのお付き合いをやめる気なんて全然ないよ。冬也君が私を捨てない限り」

「春葉……」


 春葉がそっと抱きしめてくる。俺は驚きながらも、そっと抱き返した。ぎこちない抱擁の中、顔が近づいていき――。と。


「気持ちよさそうね」


 冷たい声に、俺たちは一緒に飛び跳ねた。振り向くと、そこには薄笑みを浮かべる夏月が立っていた。


「夏月……。びっくりした」


 春葉は胸を撫でおろすが、夏月は短く告げる。


「冬也。放課後、部室に来なさい」


 その冷ややかな声音に、俺は一瞬ひるんだが、気力を振り絞って抵抗する。


「断る。俺は夏月とは――」


 言い終わる前に、夏月は静かに言葉を重ねてきた。


「約束、破るの?  指切りまでしたのに。信じてたのに」


 そのセリフに、俺の中の反論は霧散した。仕方なく、俺はうなずくしかない。


「……はい、副部長」


 夏月は満足げに微笑む。そして、そのまま去っていった。残された俺は深いため息をつき、春葉の方をちらりと見る。


 彼女はいつも通りの優しい微笑みを浮かべながら、お弁当を静かに片付け始めていた――。

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