第4話 夏月の要求
「で、用事ってなんだ?」
俺は立ち上がり、ズボンについた落ち葉を払って夏月を見た。校舎裏のこの森には、春葉が出て行った後、夏月と俺だけが残っていた。
「どうしてここにいるってわかったんだ?」
俺が聞くと、夏月は当然だと言わんばかりの顔で答えてきた。
「ここが春葉のお気に入りの場所だってことは知ってたわ。冬也と春葉が別々に教室を出ていったのが見えたから、ここで落ち合うのだろうという推測」
「春葉は『ここは秘密の場所だ』って言ってたけど、今でもそんなことを教えてくれるくらい仲がいいのか? 教室で見ているかぎり、そこまでには見えないが……」
その俺の疑問に、夏月は表情を薄笑みに変える。
「敵の事は調べるのが常道。敵を知り己を知れば、というでしょ」
「わけわからん」
俺がそう返すと、夏月は満足気にふふっと鼻を鳴らした。
「まあ、それは置いといて。話は本題。冬也と春葉は、ナイショのお試しとは言え、付き合い始めたわね」
「ああ。それは本当に感謝してる」
コクンと頭を下げて謝意を示した俺に、夏月は気にしないでと返してきた。
「それはいいの。こちらも取り引きというか、お礼は貰うつもりだから」
「というと?」
「約束。私のお願いを何でも一つ聞くって」
「確かに約束した。指切りもした。だから何でも言ってくれ。シャネルのバッグでも、スターバックスで一ヵ月ラテ飲み放題でも、何でも聞く」
と、夏月はその瞳に悪戯っぽい光を湛えて、言い放ってきたのだ。
「私と彼氏彼女の関係になって頂戴」
「え?」
夏月のセリフがよくわからなかった。
彼氏彼女の関係?
いや、俺は春葉とのお試しのお付き合いを始めたばっかりで、その取り持ちをしてくれたのが夏月だった……よな?
俺は、もう一度わかるように言ってくれと、夏月を見る。その夏月が、再度、口にしてきた。
「だから私の彼氏になって頂戴。冬也は、表面上は春葉とのお付き合いをしながら私と浮気をするの」
聞き間違いじゃなかったと、がくぜんとした。目を見開いたまま、眼前の夏月を見つめる。クールで端正な面立ちに、白く綺麗な肌。そして、それとは対照的な黒髪が、そよ風に揺れている。いつもの、なに代わり映えのない久遠夏月嬢が、俺の目の前にいるのであった。
「え、でも俺は春葉と……」
確かに、夏月の言う事は何でも聞くと言った。夏月の、俺にできることしか頼まないという返答もあった。
だがしかし、春葉とお付き合いしながら夏月とも関係を持つというのは、想像だにしない『お願い』だったのだ。
「私、恋愛研究会だから、様々な恋愛を勉強したいのよ。いい? わかった? OKは?」
夏月嬢が命令する様に畳みかけてくる。
「私と浮気するというのは春葉にはナイショにしてあげる。飽きたら解放してあげるから、安心して私との浮気を楽しんで頂戴。じゃあ放課後、恋愛研究会の部室で待ってるから」
そう言い放ち、用事は済んだとばかりにクルリと背を向けて去っていく夏月に……異議を唱えられなかった。
いや、正確には断るタイミングを逃しただけなんだが、そもそも春葉との仲を取り持ってくれと頼んだのは俺だし、その代わりに何でも聞くと約束したのも俺だ。
だから俺に非があって、とんでもないお願いというか命令を言い出してきた夏月には罪はない……はずなのだが……。
「さすがに意味不明だ!」と胸中で声を上げた。ありえないし、何を考えているのか理解不能だった。
「どこが恋のキューピッドなんだ……」
一人残された俺のつぶやきは、静かな校舎裏の森に消えていくのであった。
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