第3話 秘密の校舎裏

 昼休みになり、とたんに教室が騒がしくなった。俺は立ちあがって、机に座ったままの春葉をしりめに教室を出る。校舎裏から木々の中に入り込んで、陽だまりになっている場所にまでやってきた。


 そこに座って待つこと十分。


「おまたせ」


 ニッコリと笑った、いつもにも増して機嫌のよさそうな春葉が現れた。


「待っててくれてありがと。ここは私だけの場所で、本を読むのに利用してたんだけど、冬也君との秘密のスポットになったね」


 言ったのち、春葉が俺の隣に座り、手に持っていた紙袋からボックスと水筒を取り出した。


「はい。お昼。冬也君っていつも学食だったよね。サンドイッチ作ってきたから食べてみて。あったかい紅茶もあるから」


 春葉が、ケースに詰まった綺麗な形のサンドイッチを「どうぞ」と俺に差し出してくる。


 正直、俺は驚いていた。ここには言われた通りに来ただけなんだが、数日前まではまともな会話すらしなかった春葉が、お弁当まで作ってきてくれるとは予想もしてなかった。まずは朝と帰りの挨拶から始められればと思っていたところを、逆の意味で裏切られた。


「俺たち、本の貸し借りだけの間柄……だったよな?」

「うんそう。お試しの、お友達からのお付き合い」

「なんで……こんな場所に招待してくれて、お弁当まで……」

「そのくらいはいいんじゃない? まずは、お試しってことで。はい」


 春葉が、何の疑問もないという様子でニッコリと微笑み、俺は困惑しながらも徐々にペースを握られていく。


「て、手作り……なのか?」

「うん。少し早起きして作ってきたの」

「料理とか、まだ学園生なのにすごいな。俺は自分で自炊するのは想像つかない」

「うち、女子なら料理くらいできて当たり前という昔風の家だから気にしないで。食べてみて」


 恐縮しながらありがとうと、俺は一つつまんでパクリと口に入れた。レタスとハムのサンドイッチ。シンプルながらシャキシャキとしたレタスの触感が瑞々しく、マヨネーズがアクセントになっていて……。


「うん。美味しい」


 俺は思わず声に出してしまった。いや、もちろんお礼と感謝は言うつもりだったのだが、予想していたよりもはるかに美味しかったので、考える前に声にしてしまったのだ。


「はい、紅茶」


 春葉が俺に、湯気を立てている水筒を差し出してくる。


「ありがとう」


 紅茶を含むと、口の中に温かさと香りが広がって、俺は再びお礼の言葉しか出てこない。


「あ、口の横。こっち向いて」


 春葉がポケットから真っ白なハンカチを取り出して、俺の口元を拭いてくれた。さすがに驚きが勝って、俺は春葉に聞いてみる。


「なんで……こんなに恋人同士みたいに優しくしてくれるん……だ? 春葉、最初は俺の告白断ったんだし、これは夏月に頼まれたただのお試しのお付き合い……じゃなかったのか?」


 と、春葉はニコッと顔を傾げて、うんうんとうなずきながら返答してきた。


「そう。冬也君とは交際関係とかじゃなくて、ただのお試しのお付き合い。だから冬也君は彼氏とかじゃなくて、このお試しもみんなにはナイショ。だから隠れてこっそり一緒にお昼食べてても、深い意味はないの。約束はちゃんと守ってね」


「はい」とさらにお手製のサンドイッチを勧めてくる春葉。


 いや。いやいやいや。恋人同士でも手作りサンドイッチとか、あまりないシチュエーションだぞ、春葉。言ってることとやっていることが合ってないぞ、春葉。そこんとこはどうなの、と困惑しながら、俺は促されるがままに春葉のサンドイッチに次々と手を付ける。


「はい。あーん」

「え!?」

「あーん」


 春葉が、サンドイッチを俺の口の前に差し出してきた。嬉しさよりも驚きが勝ったが、ニコニコしている春葉の顔を曇らせるわけにはいかない。俺は素直に口を開く。そして春葉のサンドイッチにかぶりつく。


「もぐもぐ」

「どう? 美味しい?」

「美味しい!」


 自分でもびっくりするくらい自然に答えていた。それでも、いきなりこんな状況になった理由はわからない。だが、春葉の満面の笑みを見ると、それを問いただす気にはなれなかった。


 そうこうしているうちに、春葉との「秘密のランチタイム」は楽しく幕を閉じた。午後の授業に間に合うよう片付けを始める。そろそろ戻らないと――そう思った瞬間だった。


 不意に、秘密の陽だまりにひとりの人影が現れる。思わず顔を上げた俺は驚きで言葉を失った。


「約束通り、仲良くやってるわね」


 そう言って、座っている俺たちを上から睥睨へいげいしてきたのは……久遠夏月嬢、その人だった。


「夏月。失礼かもだけど、さすがにホントに邪魔かな?」


 いつもは穏やかな春葉が、不満を隠しきれない声で言う。その声には珍しく棘が含まれていたが、夏月は全く意に介さない。


「ごめんなさい。冬也に用事があって」


 どこか余裕を感じさせる口調で、夏月は表情ひとつ変えずこちらを見下ろしてくる。


「じゃあ冬也君。私、先に戻ってるね。今日のお昼は楽しかった。うん。本当に」


 春葉は手早く片付けをする。そして立ち上がりざまに……俺の頬にチュッとキスをしてきたのだ。


 いきなりの不意打ち。さすがに驚愕しすぎて、俺は動けない。


「これはただのお礼。深い意味はないから。じゃあ夏月、冬也君は私のお試しのお付き合い相手だから手は出さないでね」


 ニッコリとした微笑み顔と、夏月をけん制しているとしか思えないセリフを残して、春葉は校舎方向に去っていったのだった。

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