第2話 まずはお試しのお付き合いから

 港南市。地方中核圏のベッドタウンとして最近開発されつつある城下町。そこにある彩雲学園高等部の二年二組に登校した俺は、数日前まで一切の会話がなかった隣席の春葉と挨拶を交わした。


「おはよう」

「おはよ、冬也君」


 この、にこやかな笑みで答えてくれた明るく朗らかなJKっ子は、山名春葉やまなはるは


 ぱっちりとした目にちょこんとした鼻。そして丁度いい形の口元。セミショートのブラウンヘアが良く似合っている、愛らしく可愛い俺の幼馴染だ。


「はいこれ」


 春葉が俺に、今どきは珍しい文庫本を差し出してきた。


「私のおすすめ。近松門左衛門の曽根崎心中の現代語訳。ずきゅんってくるから、一気に読めちゃうよ」


 俺は、春葉から本を受け取り、代わりを手渡す。


「これは俺のおすすめ。元カレと今カレが俺を取り合ってます。角山ライトノベル大賞受賞作。展開にドキドキするから一気に読めちゃうぞ」

「ふーん」


 春葉は、俺が渡したライトノベルの表裏を物珍しそうに眺めてから、丁寧に鞄にしまった。俺は、ちょっと不思議に思ってたずねてみた。


「春葉、昔は少女マンガが好きだったよな? 趣味、変わったよな?」

「うち、義父が文楽ファンで、よく家族で見に行くの。おかげで義妹が浄瑠璃にはまっていて、そのお薦め」

「なるほど」


 春葉が養子になったという新しい家庭の話はわからなかったが、俺はとりあえず納得したという返答をした。春葉は、にこりとした笑みとともに、続けてくる。


「冬也君は昔からラノベが好きだったからね。私がマンガ好きで、夏月はミステリー。私たちが出会ったのも図書館だったよね」

「そうだな。たまたまの巡り合わせだったが、あっと言う間に仲良くなったよな」

「うんうん」


 春葉が、目を細めてニッコリ笑う。その笑顔に、俺のハートはドキュンと貫かれる。


 もともと、春葉と夏月には小さい頃から好意を持っていた。しかし、親の都合で小六の時に引っ越しが決まり、結局戻ってきてからの告白になって今に至る。


 その春葉が顔を近づけ、俺にだけに聞こえる小声で囁いてきた。


「でも勘違いしないでね。これは、彼氏彼女の関係じゃなくて、お試しの友達からのお付き合い。せっかくの夏月の仲介だったから」


 窓際に座って一人静かにスマホをタップしている夏月に、春葉がちらと目を走らせる。


「だからみんなにはナイショで、必要以上に仲良くしているところは見せない」

「ああ、わかってる。昔のことはあるけれど、今の俺と春葉はとりあえずの友達。それ以上でもそれ以下でもない、本の貸し借りをしているだけの間柄」

「うん」


 俺の返事を受けて、春葉が満面の笑みを浮かべる。その笑顔に再びヤラれそうになるが、ここはぐっと気持ちを引き締める。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だと例えはちょっと違うが、きっかけとしては上々。まずは再会から始めて、再びお互いの距離を近づけていけばいい。


 春葉は俺を嫌ってはいないのだからそれで充分。小学生の頃ならともかく、高校生にもなっていきなり彼氏彼女の関係なんて無茶な話だ。だから夏月に頼んだのは正解で、感謝しなくちゃならない。


 ありがとう恋のキューピッド夏月、と胸中で言葉にしたところで予鈴がなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る