12/23 灯火




 『和干菓子わひがし国』の人間界の和食店にて。


 貸し切りにしているこの店の扉を控えめに開けた柳青りゅうせいは、ゆっくり小さく野良のらすいへと近寄っては一定の距離を保った位置で立ち止まり、野良さん、翠さんと言った。

 顔は少し俯かせたままだった。

 野良と翠は柳青に身体を向けて、柳青の言葉を待った。


「あの………ぼく、」


 何度も何度も何度も。

 柳青は両の手を丸めながら、平らにしながら、力を入れて揉み合わせては、とぎれとぎれながらも、必死に想いを伝えようとした。


「ぼく………ぼく。は、あなたたちと………勝手な。お願い。なのは、」


(どうして。早く、伝えたい、のに、怖い)


 自分の想いを伝えるのが、いつからかとても苦手になった。

 自分の想いを伝える事で、いつもいつも不機嫌になる両親を見てきたから。

 自分の想いは伝えてはいけないんだ。

 いつからか、口を閉ざすようになった。

 けれど、口を閉ざしても、両親の機嫌がよくなる事はなかった。

 暴力は振るわれた事はないのに、いつもいつも両親以外に助けを求めようと考えていた。

 考えるだけ。

 実行に移した事はない。

 そんな事をしたら、もっともっと両親の機嫌が悪くなると思ったから。


 何をしても両親の機嫌がよくなる事はないと分かった時。

 自殺した。

 自殺したのに、死ぬ事はなかった。

 死なないで、彷徨って、翠さんの身体に辿り着いた。

 翠さんの中はとても心地よかった。温かかった。自由だった。

 好きなだけ居ていいと言ってくれた。

 翠さんの言葉に甘えて、もう、肉体が死ぬまで、ここに居ようと思った。


『いいや。実に力強い協力者を得た。頼もしい事だ。ならば、今日は我が貴様に甘える事にしよう』


 口数が多い、生真面目過ぎだ、指図をするな、質問をするな、おまえの早口を聞いていると頭が痛くなる。

 よく、両親に言われた。

 気を付けようと思ったのに、できなかった。

 けれど、野良さんは叱らなかった。優しい言葉をかけてくれた。自分にもできる事があると勇気をくれた。

 嬉しくて、嬉しくて、本当に嬉しくて。

 この二人の傍に居たいと強く願った。

 長い間寝たきりで衰弱している肉体を叱咤してここまで来た。

 伝えたい。我が儘だ。怒られるかもしれない。

 それでも、いい。

 どうしても、


「ぼく………」


 柳青はゆっくりと顔を上げて、いつの間にか横に並んで立っていた野良と翠に視線を合わせて、くしゃりと顔を歪ませて言った。




 一緒に働かせてください。











(2024.12.23)



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