第4話:色のない国
でも、そのやつらとは、それだけだったんでしょ。他の色だけでも国は大丈夫そうだけど。赤と緑と青だけでも十分そうだ。不思議そうに僕は言う。
「そうだな、最初は虹の国もそう考えてた。二つ目の国がくるまではな」
え? 他の国も来たの?
ひょっとして、同じ箱を持って?
驚いて言った。話は終わりかと思っていたから。
「その通りだ。どう伝わったもんだかはわからん。だが、おんなじもんを持ってやってきた国がいた。隣国で世界でも屈指の貧弱国だ。貧しい国でな、いろんな国に馬鹿にされてた。そんな国がこう言った『虹の力を分けてもらえませんか、私の国にもお慈悲を』ってさ」
なんとなく、そう言われると聞いてあげたくなるね。
「それが狙いだったんだろうな。当時の虹の国は大国だ。その国にも施しをなんて考えたんだろうさ」
どの色をほしがったの? 僕は聞く。
「紫だ」
紫? 紫は何の力なの? さらに聞く。
「威厳の力。見る物を圧倒する心の強さを司る光だった」
貧しい国が何でそんな色を?
「虐げられないで済むように威厳がほしいって言ったのさ。国力にあまり関係なさそうな力だからな、ついこの色もあげちまった。深く深淵を見るような濃い紫の石ができた」
紫の石、想像もつかないけど、夕方から夜になるときの夜空を見上げたときを思い出した。これも見てみたいな。とてもきれいそうだと思った。
「さて、問題はここからだ。この紫が無くなったことで、虹の国には威厳が無くなった。それまでのほほんとしていた虹の国が、なんとか外の国と渡り合えていたのは、持っていたのは紫の威厳の力だって訳だ。こうなったあとは雪崩を打つようだった」
どうなったの? ごくりとつばを飲みながら聞く。
「他の周辺の国からも同じことを言われ続けたわけだ。あの国にもあげたならうちにも寄越せ。くれないなら、それなりの対応があるぞってな。要は脅された」
ひどい話だね。僕は言う。
「まあ、そんだけ、虹の国は妬まれてたんだろうな。不思議なもんだな。虹の国は特に悪いこともしちゃいねえ。他国に攻め込むでもねえ、圧政をしくでもねえ、不利な要求を押しつけたわけでもねえ。ただこの国の中で平和にやってただけなんだ」
なんでそんなに、周りの国は虹の国に悪さをしたの? 僕は理解できなかった。
「悪さ、悪さか……、いいねえ、その言葉。確かに悪さだな。面白い言い方だ。お前、言葉の才があるかもしれないな」
いいよ、そんなの。照れくさいなあもう。なんて照れ隠しでそっぽを向いたりする。
「そう、悪さだ。要は、周りの国が全部結託してたんだよ。手を組んであの虹の力を奪ってやろうってな。それで、かたっぱしから難癖を付けて六つの虹の力を奪っていった。藍の力で落ち着きの色、国民の健康を奪われた。そしてさっきも説明した、赤も、緑も、青も結局とられた、虹の国に何が残ったと思う?」
ひょっとしてそれは……。あの無色の虹? そこで僕は気づく。
「そうだ。あれは色の力を盗られた神の構造物の残骸だ。もはや何の力も無く、ただただ無気力と呪いを振りまく」
僕は、その話を聞きながら少しずついやな予感がしていた。
ねえ、もしかして……なんだけど。その話本当のことなの?
「その通りだ。つーか、あたしは一度も作り話とも嘘とも言ってねえと思うがな」
確かに言っていない。昔話をするって言っていた。それだけだった。
「その結果この国は、なんの力もなくなり、もはや虹の国でも無くなった。この国の名はなんだ?」
『色のない国』……。
「そういうこった。もともと世界に誇る美しい大国は、一つの陰謀によりあっというまにこの滅びを迎える寸前の国になった。それが今のこの惨状だ」
この国が貧しいのは、力が無いのは、他の国にとられたからなの?
「この国の周りの国の名前くらいは知ってるよな」
膝に置いた手に力がこもる。
一つ頷く。
赤い国、黄の国、緑の国、青の国、藍の国、紫の国。
「そう、それら全部が、この国から大事な虹を盗んだ泥棒国家だ。この国の大事な物を盗み取ってその上に国の繁栄を築いたやつらさ」
ゆるせないよそんなの! そんな卑怯な奴らのために、なんで僕らはこんなに貧しい生活を……。僕は怒っていた。
「ああ、その通りだな。だからあたしはそのときから、ずっと奴らに復讐をするべく生きてきた」
師匠はそんなことをぽつりとつぶやいた。
「なあ、一つ不思議に思わなかったか? 虹の色は七つとあたしは言った。だが周りの国は六つだ」
あれ? たしかに。そういえば一つ足りない色がと、気づく。
「そう、橙。この色だけは、盗まれる前になんとか守った。命をかけてな。とはいえ、色を抜かれて石になった後だ。もう虹に戻すことはかなわなかったし、かといって変なところにおいて盗られちゃかまわないから、誰にも見つからないよう隠したんだ」
橙の石はどこにあるの? と聞いた。
その僕の言葉に、あの人は首を振った。
「ここだ」
ここってこのぼろ家?!
「ぼろ家は余計だ。あたしんちだぞ、ここ。居候の分際でえらそうに」
そういうことはどうでもよくて! 茶化されたことに多少憤慨しつつ。
「正確には、あった……だな。もう無い。盗られちまった」
とられた……なんで持ってたの? 僕は言う。
「あたしはその虹の国の軍人だった。結構階級も上だったんだぞ。その伝手で隠し持ってた」
いや、虹の国って、いつの時代の……。驚きを隠せなかった。
「ざっと300年は前かなあ……」
え? 今何歳? つい言ってしまった。
「次、年齢のことを言ったら、鼻を折る」
すみません。すぐに謝った。こういうことにはあの人はうるさかった。
でもなんで、そんなに長く生きてられるのさ。そう聞いた。
「それが橙の石の力だ。すべての人に明るさと活力を。この国がこんなに貧しくても明るくいられるのは、この橙の石の力だった。持ってるあたしがいちばん近かったせいか、力を受けてたんだろうな。ほとんど老化せずここまで来た。これは天の采配だって思ったよ。この力を使って虹を取り戻せってな」
とられたってなんで。石はどこに? 僕は聞く。
「さあな、気をつけてたつもりだったんだがな。情報が漏れてたらしい。どっかの国の精鋭部隊あたりってところか。ついさっき、盗られちまったよ」
そんな! 大丈夫だったの!? かみつく勢いで聞いたと思う。
「はは、馬鹿言うな、あんな連中ごときに、このあたしが……」
と言ったところであの人は、血を吐いた。大量の。
子供の僕でも何かを予感させるくらいの血を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます