第3話:虹の色を抜く話

「うん、よし。それでな、虹はそんな感じですごい力を持ってたんだ。ただまあ、すごい力って言うのは、どうしてもねたみの種になってな。この虹の国はよかったんだが、他の国にずいぶんいろいろ言われていたらしい」

 なんで? 虹の光は世界に届いてたんでしょ? と僕は言う。

「ああ、それはそうだ。でもな。実際に力の恩恵を受けてたのは、虹に近いこの国だけだった。なにより強い力は欲望の種になるからな。ほしがる国はいっぱいあったんだ」

 でも虹なんてほしがっても、あげられないし分けられないよね?

「ああ、その通りだ。みんなお前みたいに素直だったらよかったんだがな」

 そういってあの人は、僕の頭をなでた。

 子供扱いされてちょっと怒ったが、正直師匠になでられるのは嫌いじゃなかった。

「とある国の奴らが、虹の国を訪れてこんなことを言い出した。『虹の力をわけてくれませんか』ってな。当然虹の国は断った。渡すわけにはいかないし、そもそも分ける方法なんてありゃしない。尋ねたね、虹なんてどうやって分けるんですか?ってな」

 そりゃそうだ。あんなさわれもしない物を分けることなんてできない。

「だったら、と奴らは言った。分けることができれば虹をいただけますねと」

 変なことを言う人たちだね。からかいにきたのかな? がいこうせんじゅつってやつ? と僕は首をかしげながら聞いた。

「お前、変に難しい言葉を知ってんな。いつ覚えた?」

 師匠はいぶかしげな顔をしたが、僕の言葉はほとんどこの人から覚えたものだ。

「まあいい。やつらの言葉は難癖でも外交戦術でも無かった。実際に、そいつらは驚くべきある技術を完成させていたんだ」

 どんな?

「虹の光を固めて石にするって、とんでもない技術さ。これを使えば、虹の中から特定の色だけを抜き出して、力だけを結晶にすることができるってわけさ」

 すごいね。色を抜き出すなんてできるんだ。感心しながら言う。

 そこで、あの人の顔が少し曇った。いやなことを思い出すようなそんな顔だった。

「……ああ、できちまったんだよな。虹の国はそれでも渋ったさ。大事な色を抜くなんて罰当たりなことはできないとか、大事な恩恵をなくすことなんてできないってな」

 そりゃそうだよね。この国にとって大事な物だったんだろうから、なんて僕はいつの間にか、あの人の話に引き込まれて、ほんとの話をしているような答え方をしていた。

 虹に色なんてないし。

 現実の国のことを考えれば、そんなわけはないのに。

「でも、あっちも狡猾だった。『全部の色を独占しているのはずるい』とかなんとか言い始めてな、全部もらうわけじゃない、少し分けてくれっていってるだけだ。とかいいやがったんだ」

 師匠の話は、その場で聞いていたような話し方だった。

「最後にはこう言った。『分けることができれば虹をくれると言ったじゃないですか』ってな。これには虹の国のお偉方もぐうの音も出なかった」

 そこまで考えてのこうしょうだったんだね。と相づちを打つ。

「ああ、そういうこった。結局あまりのねちっこい言い方にこの国も折れて、じゃあ、一つだけならって言ったんだ」

 どの色をゆずったの? と言いながら、僕ならどれを選ぶだろうかなんて思った。

「そいつらがほしがったのは黄色の光さ。黄色は大地の鉱脈を豊かにする力があってな。要は金が出るようになるわけだ」

 金はすごいなあ。いっぱい金がとれれば、あっという間に大金持ちになれる。

「まあ、正直この国の奴らもその技術とやらを信用していなくてな。やれるもんならやってみろって感じだった。……それがよくなかった」

 本当にできたんだね……と、僕はごくりとつばを飲む。話に完全にのめり込んでいた。

「ああ、できちまった。そいつらは虹の麓まで行くと、不思議な機械を取り出した。なんか、でかい箱みたいなの中に透明なガラスの球体みたいのがあってさ、箱の先からは長い筒みたいのが出てた」

 変な形だねえ、とつぶやいた。

「そうだな。なんだか不器用がつくったおもちゃみたいな箱だった」

 師匠は、またも見たことのあるような言い方をする。

「そんなおもちゃみたいなのが、虹の色を端から吸い上げていった。虹の黄色はそのへんてこな箱に吸い取られて、光り輝く結晶になった。それはそれは美しい黄色のな」

 へえ、見てみたいなあ、なんて少しわくわくしながら言った。

「いつか見てみるといいさ。機会があればな」

 師匠はまるで、本当にそんな機会があるような言い方をする。

 僕は、美しい黄色の石の姿を思い浮かべる。宝石のような、星のような、いやきっともっともっときれいな色に違いない。どんな石なんだろう。

 で、結局虹の色はとられちゃったんだね。

「そういうことさ。そのときから虹は黄色が無くなった。それまで黄色があった場所に、急に灰色の地味な領域ができたんだ。国のみんなもびっくりさ」

 それはそうだろう。国の景色がまるっと変わってしまったわけだから。

「そこで国も困ったことになった。これまでとれていた金脈がいきなりとれなくなった。国の大きな財源がいきなり無くなったわけだ。黄色を持っていった国は、その力で大金持ちになってあっという間に大国になった。きっと世界中びっくりしたろうよ」

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