第3話ㅤ体力テストだ天野さん!

 一限四限五限に体育をぶち込むのはおかしいと思う。生徒に本領を発揮して欲しいならそれ相応の機会を提供すべきだ。


 うだうだそんなことを思いながら、荒い息を整えた。胡座をかいていた昴が意地悪く笑って言う。


「はい俺の勝ち〜! 記録は65回だな!」


「クソ……! 今年こそはと思ったのに……!」


 現在五限目体育の授業中。天気が怪しいということで室内でのスポーツテストとなった。毎年毎年反復横跳びってこんなに辛かったっけ……と思ってる気がする。


 昴から赤い記録用紙を受け取った。去年より腹筋以外の様々な項目の記録が伸びている。文化部の割にはいい成績なんじゃないだろうか。


「次は腹筋か。昴さ、変顔して邪魔してくるのやめろよ?」


「えっ、なんで?」


「なんで? じゃないだろ!」


 昨年は1回1回身体を起こす度に俺の足を抑えていた昴が変顔を披露するから、腹筋が爆発した。よって記録は平均未満。ふざけんな。軽く睨んで見るけれど、当の本人は見ていない。ふざけんな。


 移動をしつつ女子たちが測定している体育館の端を見てみる。天野さんが握力計を握っていた。失礼な偏見だけど弱そう。というか身体能力低そう。


「晴彦〜。やるぞ〜」


 マットの上で、昴が呼ぶ。ハッとして昴の記録用紙を受け取った。不穏にもニコニコ余裕そうに笑っている。俺は最近、毎日筋トレに励んでいる。こいつの策にハマらず、去年の記録を超えてみせる。



――――――――

 


「いやぁ、晴彦ごめんな〜? ジュース奢るから許して」


 絶対反省していないであろう昴は、体育館の端で情けなく座っている俺を見下ろし、謝る。


 腹筋の際の昴の変顔は、あらゆる人を破顔させた。去年よりグレードアップした昴のキス待ち顔をモロに受けた俺の記録は、去年より悪くなったのは言うまでもない。それに加えて、腹筋がつって休む羽目になってしまった。


「1番高いの奢らせるから覚悟しとけよ」


「分かったって。じゃあまた後で〜」


 ちょこちょこと駆け出して行った。次の体育はシャトルランらしいし、その合間に今日できなかった項目の測定はできるだろう。


「あれ、空本さんも見学ですか?」


 聞き慣れた甘い声が近づいてきた。そちらに目をやると、ピンク色の紙を両手で持っている天野さんが立っていた。空本さん〝も〟?


「天野さんはどうしたの?」


「ちょっと疲れちゃって……。私、体力無いんです」


 頬をポリポリ掻きながら苦々しく笑った。心做しか顔色が悪いような。とりあえず床をポンポン叩いて、座るように促した。天野さんはおずおずと隣に腰を下ろす。ちょっと近いような気がするけど、距離を置いたら傷つけそうだな。大人しく動かずにいよう。


「その、空本さんは……?」


「俺? 腹筋がつっちゃってさ。大事をとって、今日はもう休もうと思って」


  ほうほう、と彼女は頷く。ふと、床に置かれている天野さんの記録用紙が目に映った。その視線に気づいたらしい彼女は目にも止まらぬ速さでそれを隠す。


「──見ました?」


 焦りやら怒りやらが乗った低めの声が聞こえてきた。頭が痛くなってきた気がする。俺は全力で首を横に振った。


「見てない見てない! 何にも見えなかった!」


 嘘である。ちらっと見えた握力の記録は15kg前後だった。確か小学校高学年女子の平均握力がそれぐらいだった気がする。先程の偏見はどうやら正しかったらしい。


 天野さんはホッと息をついた。どうやら安心してくれたらしい。嘘をついたことには良心が痛むけれど、口外しなければいい話だ。まぁ、女子にこの記録を見られている時点で学校中に広まるだろうけれども。


「理数系と体育の授業は好きになれませんね。しばらく天気を荒らしてしまうかも知れません。申し訳ないです……」


 天野さんは呟く。天気を荒らすなんて言葉、天野さん以外言える人いなそうだな。でも、今の天気はさっきの数学の時間に比べて悪くない。体育なのに。


「いやいや気にしないで。まぁ、これから好きになってって欲しいけど。今の天気はそこまで悪くないけど、機嫌はいい感じなの?」


「私の感情が常に天気へ干渉する訳ではないんです。操作ができないんですよね。天気側が私の感情を引っ張る時もあります。……あと、今の気分は悪くありません。むしろ……」


 つらつら説明してくれる。天気に振り回されることもあるのか。そこは俺と同じなのかもしれない。今までの人生はさぞ苦労してきたんだなぁとしみじみ感じる。


「そんなことよりも! 空本さんの身体能力はどんな感じなんですか?」


「そこそこだよ。見る?」


 ぺらりと記録用紙を差し出した。それを読んでいく天野さんの目は何故かキラキラしている。


「握力って50超えることあるんですね! それに反復横跳びも……!」


 大袈裟な評価だけれども、褒められるのはいい気分だ。すると、天野さんは顔を上げて首を傾げた。


「あの、シャトルランってどういうものか教えてもらえませんか? 他の方が文句言ってるので辛い競技なんだろうなとは思ってるんですけど、訊いたら驚かれそうな気がして訊けなくて……」


「俺はいいの? 驚いてるけど」


「空本さんだけは私の最大の秘密を知っていますから。私が色々と皆さんに隠していることがあるのはご存知でしょう? 常識に疎いことも知られたくないんです」


 不安そうに見つめてくる。なるほど、彼女の言い分は理解できた。俺だけ、という言葉に若干口角が上がってしまう。隠せ隠せ。


「シャトルランっていうのは、20m間隔の平行線の間を往復する持久走の事だよ」


「なるほど、何回往復するんですか?」


「限界がくるまで」


「えっ……? 拷問か何かですか?」


 天野さんの顔が強ばる。気持ちは分かるけれども。拷問か、という質問に否定したくないので笑って誤魔化した。


 

 

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