第一章 2-3 上書きリアライズ

          *



「ぐっ。その手があったか」

 千夜が頭に被っているものを見て、俺は思わずそう呟いていた。


 道路側は駐車場とポーチになってる俺の家の裏庭は、いまのところただの更地になっているが割と広いスペースがある。千夜の住む家とはコンクリートの壁に扉があって、玄関を出なくても行き来することができるようになっていた。


 インビジブルモードを解き、片膝を着いた姿勢で上半身も下げているアルドレッド・ソフィアは、それでも二階建ての上に屋根裏部屋がある俺の家よりも高いくらいのデカさがあった。


 ソフィアの前に立ち、左手にリアライズプリンタを乗せている千夜が頭に被っているのは、スマートギア。

 額と後頭部のバンドで頭に固定し、顔をけっこう覆うサイズのヘッドマウントディスプレイとヘッドホンが合わさったような水色のそれは、脳波を受信してポインター操作や応用してキーボード入力までこなせる多機能インターフェースだ。


 携帯端末の汎用コネクタに接続して使うスマートギアは、発売されてからけっこう経っているが普及してるとは言えず、価格もサラリーマンの月収くらいするため持っている人も少ない。

 けれど少し前から始まったフィギュアサイズのロボットが人間サイズになって戦うアニメ『ピクシードールズ』の主人公やヒロインが使っていることもあって、マニアアイテムとしてロボットオタクの千夜はアニメコラボモデルを買っていたし、絵を描くのにはどうにも慣れなくて使っていないが、俺もひとつ持っている。


 何よりの特徴は、俺がテレビでサイズ調整を慎重にやっていたのと違って、実投影サイズはともかく、見た目のサイズはかなり自由が効くことだ。リアライズプリンタで巨大なものを実体化するには最適なものと言えるだろう。


「よっし、いくよ! リアライズ!」


 その辺は俺と同じなのだろうか、やっぱり叫びながらリアライズプリンタの稼働開始ボタンを押した千夜。

 しかししばらく待っても、ソフィアに向かって光が照射されることがない。少ししてから、エラーのビープ音が鳴った。


「んー。もう一回っ。リアライズ!」

 不安そうに表情を曇らせているエルにちょっと注意を向けながらも、俺はリトライでも成功しなかった千夜に近づいていく。


「どうしたんだ?」

「んー。よくわかんない。ってか、この設定がよくわかんない」


 外部カメラがあって俺のことも見えてるんだろう千夜は、スマートギアを被ったまま右手につかんでいた携帯端末を見せてきた。

 俺が送った画像を拡大して表示したその部分は、ソフィアに新たに追加することにしたレディモードのところ。

 いくらなんでも全高十二メートルのアルドレッド・ソフィアはいつまでも隠しておけるもんじゃないと思って、どうせもうスーパーロボットみたいなものだからと人間サイズへの変身機能を追加してみていた。


「どこがわからないんだ?」

「ロボットが人間サイズになるのはいいとして、なんで人間の女の子になるの?」


 ゴーグルの下では俺のことを睨んできてるだろう千夜は、唇を尖らせる。

 アニメなんかではよくある設定だと思ったが、彼女はお気に召さなかったらしい。


「どうすりゃいいんだよ」

「ロボットなんだから、ここは人間サイズのロボットでしょ! 人間サイズになるにしても、ロボットがいいよー」

「あー、わかった。このロボフェチめ。スマートギア貸してくれ」


 小学校の頃にはアニメやマンガにはまっていた俺の影響もあってか、千夜もアニメ好きマンガ好きだが、主に美少女系のものが好きな俺と違って、彼女はロボットマニアだ。それも重度の。

 手渡してもらった、微かに千夜の香りがするスマートギアを俺に合うサイズに調節して被り、自分の携帯端末に接続して自宅の画像倉庫にアクセスした。

 ストック絵から見つけたロボットメイドの画像をちょっと調節して差し替え、コメントも変更して千夜に送信した。


「もう一度やってみてくれ」

「うんっ」


 どうやら今度は満足したらしい。スマートギアを被った千夜が三度目の上書きリアライズに挑戦する。


「リアライズ!」

 叫びながら千夜が稼働開始ボタンを押すと、今度はすぐさま紅い光がソフィアのボディ全体を包むようにに照射された。


 ――でも、なんでだ?

 そう、俺は考えていた。


 一度エラーで上手く行かなかった画像が、言ってしまえば細部の変更だけでリアライズが可能になった。

 同時にそもそもおかしいことに気づく。

 エルディアーナは俺が想像し、設定し、描いた登場人物だ。

 それに対してアルドレッド・ソフィアは、俺が描いたもので、希望を多く取り入れているにしても、千夜が描いたものじゃない。

 リアライズの可否について、その条件がいまひとつわからなくなっていた。


「――わたしも、こうして実体化したのだな」

 エルが見つめる先では、新しい画像に添って、少しずつソフィアの形状が変わりつつあった。

 ゼロから実体化していくものではないが、エルもまた、こうして実体化したことには変わらない。


「うん……。そうだよ」

 ちらりとエルの顔を見ると、その瞳には困惑の色は消え、諦めに近いものが浮かんでいるのが見えた。

 彼女の中で、何かが納得できたのと同時に、何かを諦めたのだろうと思えた。


 ――それでも俺は、君を……。


 言おうと思った言葉は、声にはならなかった。

 幼馴染みの千夜ならともかく、人見知りの上に人と話すのが苦手な俺は、あんまり人と話すのが得意な方じゃない。

 本人以上に彼女のことを知っていても、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているエルを慰めてやることもなく、ただ唇を引き結んでいる姿を見ているだけだった。


「ソフィア、レディモード」

『――@*$!』


 千夜がそう言うと、ビープ音ともノイズとも違う、たぶんソフィアの言葉だろう声がした。

 一瞬まばゆいほどの光を放ったと思った次の瞬間には、アルドレッド・ソフィアの巨体は消え、レディ・ソフィアが庭の真ん中にぽつりと立っていた。


 近づいていくと、ロングスカートの地味なワンピースに飾り気の少ないエプロンと、ビクトリアンスタイルの落ち着いたメイド服を身につけ、俺より少し低いくらいの、エルと同じくらいの背丈の女の子が立っていた。

 黒くしっとりた感じの髪は、肩胛骨を超えるくらいのエルよりもさらに長い腰近くまで伸び、日本人ともまた違う少し人工的な感じがする整った顔立ちは、生きている女の子と変わりがないように見える。

 でも耳があるはずの場所にはアンテナ状の突き出たパーツが被さっていて、さらに長い袖口から先の手は、機械の関節を持つロボットの手だった。


「んーっ! いいっ! 凄くいい!! 想像してたのと同じで可愛いし、いいよ! レディ・ソフィア!!」

「――&#%*」


 興奮している様子の千夜ににっこりと笑んだソフィアは、何かを言ってスカートを軽くつまみ上げながら深くお辞儀をした。どうやら挨拶をしたらしい。


「ソフィアは喋れないのか?」

「ん? だってロボットでしょう? マスターであるあたしはソフィアの言ってることわかるけど、ロボットらしく喋ってほしいなー、と思ってたから、こんな感じだよ」

 なんで妙なところでこだわるのか、千夜の考えがわからない。


「よろしく頼む。わたしはエルディアーナ。……エルと呼んでくれればいい」

「――*$%」

「あぁ、そうだ。わたしは戦乙女、ヴァルキリーだ」

「――&%$#」


 挨拶を交わしているエルとソフィア。

 人間の言葉には聞こえないソフィアの言葉に、エルが応じて喋っている気がする。


「……エルは、ソフィアの言葉がわかるのか?」

「いや、言葉はわからない。けれども言いたいことの意味はわかる。彼女の意志は理解できる。わたしは戦乙女だからな」

「俺だけわからないのかよ……」


 確かにエルには言葉以外にも相手の意志を感じる能力をつけていたのは確かだが、どうやらそれによって俺だけがソフィアの言葉がわからない仲間外れになったらしい。


「……わたしは、この後どうすれば良いのだろうな」

 ソフィアとひと通りの挨拶を終えたらしいエルが、ぽつりと呟く。

 苦しげな表情を浮かべている彼女に、俺はどうしてやればいいのかわからない。


「――夕食でも、食べよう。そろそろいい時間だし、つくってる間に暗くなる」

 十一月半ばの昼間は思った以上に短く、あっという間に過ぎていく。

 リアライズプリンタが届いたのは昼飯直後だったが、いまはもう空は暗くなり始めていた。


「何つくるの? 今日は」

「決めてない。もうこんな時間だし、あるものでつくる予定だけど」

「あたしも行っていい? ソフィアもだけど」

「別にいいけどな」

「よしっ。じゃあ千尋さんに夕食いらないって言ってくるー」


 言って千夜は、ソフィアと一緒に家の方へと走っていった。

 千夜の従姉で、いろんな事情があって千夜の家のお手伝いさんをやってる千尋さんが今日は来ているんだろう。


「……えぇっと、エルは、どうする?」

 そう声をかけると、暗い表情をしてどこか遠いところを見ていた彼女は俺のことを見、小さくため息を吐いてから言った。


「わたしも一緒させていただいていいのならば」

「も、もちろん、いいんだけど。……後のことは、また食事をしてから考えよう」

「そうだな……」


 下ろした左腕をつかむようにしていた右手に力を入れ、唇を噛んでいたエルは、もう一度ため息を漏らしてから踵を返し俺の家の方に歩いていく。

 そんな彼女の背中にかけてやるべき言葉があるように思えたが、俺は何も言い出すことができず、後ろを着いていくように歩き始めた。

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