第一章 2-1 戦乙女、状況を知らされる

       * 2 *



「嘘だっ。信じられない……」


 呆然とした顔で、まだ鎧も脱がず、剣も膝の上に乗せたままのエルディアーナが呟くように言った。


 さすがに巨大ロボットのアルドレッド・ソフィアは家の中に入れないから、千夜の家の広い庭で、姿を隠せるインビジブルモードで待機してもらっている。俺と千夜でもって、現実に実体化した戦乙女に、状況の説明をしたところだった。


 四人掛けのリビングテーブルには、何故か俺の隣に千夜が座り、ふたりで対面する形でエルディアーナと対峙している。

 説明したのは、この世界がエルディアーナが生きていたミッドガルドやアースガルドではないこと、彼女は俺が描いたマンガの登場人物であること、そしてヴァルハラは存在せず、彼女の親に当たる神々も存在せず、それと同時に、戦乙女の使命でもある勇者の探索、魂の伴侶の探索も、この世界では意味がないこと、などだ。


 綺麗な顔を驚愕に染めているエルディアーナは唇を震わせたり、聞こえないくらいの声で何かを呟いていたりして、さすがにショックが大きすぎるらしい。

 隣に座る千夜もまた、俺を非難するような視線を向けてきていた。


 沈黙に堪えきれず、俺はキッチンに行って湯飲みと急須を持ってきて、お茶っ葉とお湯を入れ、いいタイミングを計ってそれぞれの湯飲みに注いだ。

 無意識なのか、呆然としながらも湯飲みに手を伸ばしたエルディアーナは、お茶をひと口飲み、それまでと違った驚愕の表情を浮かべてもうひと口湯飲みを傾ける。

 ぐいぐいとお茶を飲み干してから、いまの状況を思い出したのか、「あっ」と声が出てきそうなほど口を開けている彼女に新しく湯を注いだ急須を示してやると、悔しそうに顔を歪ませながら湯飲みを差し出してきた。


 ――これは……。

 その様子が、なんだか妙に可愛らしい。

 勝てるはずのない敵にも信念を味方に立ち向かい、気丈で、諦めを知らない彼女が、口を少しすぼめながらうっすらと顔を赤く染めている様子は、俺の知らない戦乙女だった。


 ――そう思えば「放浪の戦乙女」で食事シーンってまともに出したことないなぁ。

 一話三二ページ、第一部八話、第二部六話までが同人誌で刊行済みで、最新第七話まで描き上がってるシリーズでは、酒を飲む場面は幾度かあったが、食事をする場面は一回くらいしか出したことがなかったと思う。

 エルディアーナの食事に関する嗜好もとくに考えたこともなかったが、もしかしたら意外と美味いもの好きなのかも知れない。俺がけっこう美味いものに目がないから、彼女もまた同様なのかも、と思っていた。


 ――もしかしたら、いろいろ食べさせてみたらおもしろいかもなぁ。

 熱いお茶をすするようにして飲みながら、いろんなことを考えているらしく俯いて難しい顔をしているエルディアーナ。

 彼女のことはとりあえずということにして、俺は千夜に向き直る。


「ソフィアはそういうの、大丈夫なのか?」

「うん、ぜんぜん。っていうか、ネットに接続する許可出したら、すごい勢いでいろんなこと調べて『状況を把握しました』って言っておしまい。いいよねぇ、やっぱりロボットは! そういうとこは本当に便利!!」


 原作アニメでは軍事兵器であるアルドレッドシリーズがそんなことでいいのか、と思わなくもないが、嬉しそうにニコニコと笑っている千夜には突っ込まないでおく。


「でもなんでソフィアなんだよ」

「なんでって?」

「お前が一番好きなのって、ソアラだろ。アルティメットモデルでもないノーマルソアラ。それが何でソフィアなんだ?」


 長期ロボットアニメであるアルドレッドシリーズは、初期シリーズとは設定や時代が異なる派生作品も含めて二〇を超える回数アニメ化がされている。

 千夜が一番好きなのは初期第二シリーズの最初に出てきた初代アルドレッドの発展型、アルドレッド・ソアラで、番組後半に登場した新開発強化型のアルドレッド・ソアラ・アルティメットや、他のシリーズの登場ロボはものは好きであっても一番じゃない。親が厳しくて大半は隠してある彼女の家のアルドレッド関連グッズも、ソアラのものが中心だ。


 ソフィアは俺がせがまれて描いたものだったが、俺の趣味で雌型にしたり、エルディアーナの世界に出てきそうなファンタジーな設定を数多く追加してて、千夜にはけっこう不評だったはずだ。

 パイロットがいなくても自律行動ができたり、光学迷彩のインビジブルモードがあったり、他にも核融合炉搭載の原作ロボを改変して、人間の想いをエネルギーにするハートフルジェネレータとかいろいろ追加してて、リアルロボであるアルドレッドが、ソフィアではほぼスーパーロボットになってしまっている。


「なんで、って言うか、最初はソアラをリアライズしようと思ったんだけど、できなかったのっ。いくつか試してみたんだけどダメで、試しにソフィアをやってみたら成功した感じ?」

「なんだそりゃ」


 俺も札束や金塊では失敗したが、エルディアーナも絵だったことには変わりない。千夜がソアラをリアライズできず、ソフィアでは成功した理由がわからない。


 ――何か、写真か画像かとかとは別に、リアライズの条件があるんだろうか?


 よくわからないもやもやとはっきりしないものを感じる俺は、腕を組みながらそろそろ剃らないといけないくらい髭が伸びた顎を手でさすりながら、考え込んでしまっていた。


「でもソフィアでよかったよーっ。インビジブルモードあるし、言えばちゃんとその通りに動いてくれるから操縦する必要ないし、自己修復機能あるからメンテ不要だし、空飛べたり燃料不要だったり、実物見たらけっこう可愛いし!」


 ソフィアの画像自体は立像を描いただけだったが、ファンタジックな機能なんかについては画像の横なんかにコメントとして文章を書き添えていた。どうやらそのすべてがソフィアには搭載されているらしい。


「だけどあれは問題だろ。あのでかさはいつまでも隠しておけるもんじゃないし、インビジブルモードもエネルギー食う設定だからいつまでも隠しておけるってもんじゃない。それにあの角はなぁ」

「何が問題だって言うの? アルドレッドシリーズの一番の特徴じゃない!」

「いや、そうなんだが、ソフィアの画像って前にネットで公開したことあったろ? どこかで見られたり写真撮られたりしたら、そのうち所有者特定されるかもしれないぞ」

「あぁ……」


 実際そんな事態になるかどうかわからないが、警察でも動くようなことになったら、画像の出本特定くらいはしてくるだろう。そんなことでバレるのは避けたかった。


 ――そもそも、戦乙女とか巨大ロボットがいるって時点で頭おかしい事態なわけだが。


 嬉しさにまだ酔っているらしい千夜はまだその辺考えてもいないだろうが、徐々に現実感が戻ってきた俺はそんなことを思っていた。

 剣帝フラウスに続いてエルディアーナのリアライズに成功して浮かれてしまっていたが、これからのことを考えると問題が山積みだ。


 戦乙女がよほどの大食らいでもなければ、農家をやってる母方の親戚が多すぎるくらい送ってくる農作物があるから大丈夫として、客室は使ってないからとりあえずの部屋はある。しかし服と言われてもどうにもならないし、彼女はいま戸籍もないし、俯いて顔にかかっている金糸のようなあの髪、思い悩むような深い色を湛えた碧い瞳は外に出れば目立つこと請け合いだ。


 そして何より、お袋にバレるのが一番面倒臭そうだった。


 アニメやマンガだとたいていその辺のことは誤魔化して適当にしてあるから参考にはならないし、立場もなく生い立ちも特殊な女の子が目の前に現れる事態なんて、想定して生きてる方がおかしい。エルディアーナのことだけじゃなく、ソフィアのこともある。

 小さくため息を漏らした俺は、成り行きに任せることに決めて、考えることを放棄した。


「じゃあどうすればいいって言うの?」

 頭を抱えたい気分だったところを千夜に声をかけられて現実に引き戻される。

「……一部デザインの変更とかした方がいいと思うんだ」

「そんなことできるの?」

「うん。上書きリアライズってのができるらしい」


 きょとんとした顔で首を傾げてる千夜は、取扱説明書をちゃんと読んでいなかったらしい。

 リアライズした物体の形状を変更したいといったときには、上書きリアライズができるというのは、説明書の中に書かれていたことだ。かなり不親切な書き方しかしてないから、どの程度のことができるのかはよくわからなかったが。


「描いてくれるの? 和輝が」

「まぁ、最初にソフィアを描いたのは俺だしな。それに千夜は絵が描けないし、俺がやるしかないだろ」

「そっかー。ちょっと惜しいけど、仕方ないかぁ」


 口を尖らせつつも、首を左右に傾げさせてなんだか楽しそうにしている千夜は上書きに同意してくれた。

 残っていたお茶を飲み干して、俺は椅子から立ち上がる。

 まだ考え込んでいたらしいエルディアーナの方を見ると、彼女は顔を上げ、俺に向かって言った。


「やはり、わたしは自分が貴方のマンガ? というものに出てくる登場人物だとは思えない。巨人族の魔法にでもかかって、夢でも見せられているのではないかと考えている」

「そりゃまぁ、いきなり現実に出てきても、エルは信じられないよねぇ」

「え、エル?」

「エル、か。うん、いいな。エル、これからその疑問に関して、信じられるかどうかわからないけど、証拠を見せるよ。一緒に来てくれ」


 まだ疑惑の目を向けてきながら渋い顔をしているエルディアーナだったが、俺の言葉に席を立ち、ちらりと湯飲みを見てそれを飲み干した後、二階の部屋に行く俺と千夜の後に着いてきてくれた。


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