第一章 1-3 戦乙女、開眼
*
プリント終了のビープ音が鳴り、紅い光の照射も終わった。
リビングの絨毯の上に身体を丸めて寝ているのは、確かにエルディアーナ。
戦乙女の、エルディアーナだった。
フラウスをリアライズしたときと同じで、見た目には本物としか思えない質感をしていた。
「くっ……」
笑い出したいのか、息を飲みたいのか自分でもわからず小さく息を漏らし、俺は彼女の元へと近づいていく。
純白のワンピースに包まれた、細身ながらも戦乙女らしく引き締まった身体つき。
太股までのタイツとミニスカートの間の絶対領域は輝かしいばかりで、人肌の血色を保ちながらも白い。
金色の髪は輝きを放っているみたいに美しく、閉じられたまぶたに見える長い睫毛もまた、金色だった。
絵として描いたときにも会心の出来だと思ったけど、リアライズによって現実となったその横顔は、描いた自分が言うのも何だが、芸術的な造形をしていた。
「……い、生きてるのかな?」
見ている限りは生きていてもおかしくなさそうだけど、彼女はリアライズプリンタで実体化した、俺の想像の産物だ。
確認してみなければならない。
足先の方から近づいていって、太股に触れてみる。
絹のような触り心地のタイツと、その下の肌は人間のものと遜色のない柔らかさがあった。
手を伸ばして触れてみた髪は、本当に繊細で美しく、音もなく指の間を流れていった。
静かに肩に触れる。
少し力を込めると、抵抗もなく、人形のように硬直も感じずにエルディアーナの身体は仰向けになった。
大きく、しかし大きすぎない白い服に包まれた胸は、仰向けになってもその美しい形を崩すことはない。
「……確認、だよな。生きてるかどうかの」
唾を飲み込んで、俺はそびえ立つふたつの膨らみを両手で包む。
「う、おっ……」
柔らかい。
が、それだけじゃない。しっかりとした弾力が指を押し返してくる。
初めて触れる女性の胸に、俺は興奮と、言い知れない何かこみ上げてくるものを感じていた。
触れているだけで気持ちのいい手の感触をもっと味わおうと、指を動かし、手で覆い、揉む。
柔らかさと弾力のバランスが素晴らしい。どんな素材でつくればこんな神の産物のような心地良さが得られると言うのだろうか。顔を近づけて鼻を刺激する、微かに感じる甘いような、爽やかなような香りに酔いそうになる。
「すごい……。すごいぞ、これはっ」
思わず声を上げ、当初の目的を忘れていたとき、ふと顔を上げて見えたもの。
海よりも深い色を湛えた、碧い瞳。
「あっ……」
閉じられていたはずの目が開かれ、驚いたような表情のエルディアーナが俺のことを見ていた。
その碧い瞳がわずかに細められたと思った瞬間――。
「ぐおおぉぉぉぉぉ!!」
視界が真っ暗になって、香しい匂いとともに、こめかみに細く、しかし力強い何かが食い込んできた。
おそらく彼女の指だろうそれを外そうともがくが、万力のように俺の頭を潰すほどの強さで食い込む指はビクともしない。
「清純なる戦乙女の身体を汚らわしい手で犯すとは、恥を知れ!」
溢れんばかりの怒気を含みながらも、どんな音楽よりも美しい声に震えそうになるが、いまはそれどころじゃない。
頭をつかんだまま立ち上がったらしいエルディアーナは、そのまま俺の身体を宙吊りにする。文字通り床に足が着かず、割れんばかりの頭の痛みの他に、全体重がかかった首の骨が嫌な軋みを上げる。
「この罪、死を以て贖ってもらおう」
言って俺の身体を投げ捨てたエルディアーナ。
高温の炎のように燃え上がる碧い瞳が俺を睨みつけ、さっきまで白かった肌は怒りと羞恥にだろう、赤く染まっていた。
そんな姿も美しいと思ってしまう俺だったが、「はっ」という気合いの声と同時に彼女の身体が光に包まれ、その中から現れたものに、年貢の納め時であることを知った。
一瞬だった光が消えたとき、彼女の身を包んでいたのは純白のワンピースだけではなく、桜色の鎧だった。
大きな胸を強調しつつも、傷ひとつ着けないよう覆い隠す胸当て。腰や腹を守る鎧もまた、短いスカート丈を隠すものではなく、彼女のボディラインを強調できるように、俺がよく考え抜いたもの。
少しごつ目の手甲と脚甲。飾り立てられた桜色の兜の下では、俺のことを碧い瞳が射抜いてきている。
腰に佩いた装飾のあまりない長剣に手を添えたエルディアーナは、俺を睨みつけたまま抜き放つ。
「ま、待ってくれ!」
「言い訳とは見苦しい。自分が犯した罪を認め、素直に首を差し出せ」
長剣をかざすように両手で構えた彼女は、尻餅を着いた格好で後退する俺にじりじりと近づいてくる。
――絶対、いまの状況がわかってない!
怒りに支配された彼女は、俺以外のものが見えてる様子がない。
いま自分がどこにいて、どんな状況にあるのか、理解しているはずがない。……説明し、理解したとして、俺のやったことが許されるとは限らないが。
「観念しろ、下衆め」
エルディアーナが大きく一歩踏み出し、いままさに剣を振り下ろそうとしたとき、食器の立てる音が聞こえてきた。
いま家には俺と、エルディアーナの他には誰もいない。誰かが洗い物をしてるとかそんな音ではなく、食器同士がぶつかり合う音が、キッチンの食器棚の方からしてきていた。
そればかりか、家のいろんなところで軋んだ音とかぶつかり合う音が、だんだんと大きくなってくる。
「何かヘンだっ。待ってくれ!」
「そんな手入れもしていない長い髪をしていても、お前は男だろう。自分の犯した罪くらい認めたらどうだ!」
「違う!! 周りを見ろ! 音を聞け!」
言われて周囲を見回し始めるエルディアーナ。
そうしている間にも音は大きくなり、本格的に家が揺れ始める。その揺れはただの地震って規模ではなく、地震対策を施していない小物たちは踊り始めるほどだった。
「一端外に逃げるぞ。家に潰されて死にたくはないだろ!」
「いや、しかし……。わたしはっ」
さすがに騒がしいでは済まない様々な音と激しい揺れに恐ろしさを感じてるんだろう、剣の構えを解いたエルディアーナの思ったより小さな左手を、立ち上がった俺はつかんで玄関に向かって走り出す。
玄関の扉を開けてルームシューズのまま寒々しい冬空の下に飛び出した。
「ふぅ……。これで大丈、夫?」
家の門の外まで走り出て、俺は違和感を感じていた。
あれだけの地震だったというのに、俺と同じように家から飛び出してきてる人が誰もいないし、少し離れたところに見える幹線道路では普通に車が行き交っている。
まるで地震なんてなかったかのように、街は日曜の午後の静けさを保っていた。
「やーっと出てきたっ。リビングで居眠りでもしてたの?」
そんな呆れ返った声に振り向くと、千夜がいた。
十一月も半ばですっかり寒くなってきているというのに、生足をさらす赤いミニスカートを穿き、地味目のセーターの上に落ち着いた色のジャケットを重ね、どこのアニメキャラだという感じの濃い茶色に染めたツーサイドアップの髪を揺らして、俺にいたずらな笑みを投げかけてきているのは、椎名千夜子(しいなちよこ)。
俺の家に接した裏手のでかい庭と大きな家の住人である彼女は、幼稚園に入る前から付き合いのある腐れ縁の女の子だ。
「あれ? 千夜。いま地震が――」
「何にもないよーだっ。すぐ飛び出してくるかと思ったのに、意外としぶとかったなぁ」
千夜が何を言いたいのかよくわからない。
地震がなかったと言ってるのに、家が揺れたことは知ってるっぽい。
どういうことなのかわからず、中三の頃から急速に膨らんできた胸を強調するかのように、少し前屈みになって上目遣いに俺のことを見つめてくる彼女に首を傾げるしかなかった。
「ってか、その子って……」
わけがわからなくてすっかり忘れていたが、そう思えばエルディアーナの手を引っ張って家を飛び出したんだった。
彼女のことを千夜にどう誤魔化せばいいのか思いつかない。ばっちり見つかってる現状、いまさら隠すこともできない。
そして、振り返って見た彼女は、辺りを見回しながら、呆然とした表情をしている。
「えぇっと、この子は、その、何て言うか……」
リアライズプリンタで実体化した戦乙女だ、なんて説明が通じるはずもなく、俺は何と言えばいいのか言葉が思い浮かばずにひたすら慌てるしかなかった。
しかし、その悩みは千夜の言葉で消え失せた。
「和輝もリアライズプリンタのモニターに応募してたんだ? その子、エルディアーナだよね?」
「へ? 俺も、って?」
「あたしも応募してたんだ、モニター。ほら」
言って千夜は俺の家の方を手で示す。
振り返ったそこには、青空を背景に見慣れた二階建ての家があるだけだったが、見ている間に変化が現れた。
空気から滲み出るかのように、家よりも高さのある何かが、輪郭を現してくる。
白を基調にして青や赤、黄色などで彩られた装甲。
立ち上がると確か十二メートルになる人型のそれは、頭部に特徴的な二本の角状のアンテナを備えた、巨大ロボット。
名前だけなら日本では知らない者がいないだろうリアル系人気ロボットアニメ、アルドレッドシリーズの主役ロボをモチーフにした機体。
細身ながら男らしいフォルムの原作アニメのロボと違い、膨らみや丸みのある雌型ボディのそいつは、少し前に千夜にねだられて俺が描いた、軌道戦士アルドレッドの第二シリーズに登場する、アルドレッド・ソアラをベースにした俺の二次創作絵、アルドレッド・ソフィアだ。
跪いた格好で、伸ばした両腕で俺の家を抱えるようにしているソフィアが、たぶん局地的な揺れの原因だったんだろうと俺は気づいた。
「お前……、あんなのをリアライズしたのか?!」
「ふっふーんっ。いいでしょ? リアル巨大ロボ! 女のロマンだよ!!」
何かちょっとズレてる気がしないでもないが、千夜は興奮したように鼻息を荒くしている。
呆れて俺が何も言えなくなっているとき、つないだままだった手をふりほどき、よろけるように数歩歩いて辺りを見回すエルディアーナが言った。
「ここは、いったいどこなのだ?」
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