第29話 閑話②

 

 

 睡眠中に突如として鋭く発せられたアリシアの声に飛び起き、奇襲を受けて始まったゴブリンやオークとの戦闘がようやく終わりを迎えた。疲労からとても立っていられず膝をつき、荒い息を整えながら、朦朧とする意識を何とか保つ。

 

 目覚めてその状況を呑み込めたとき、始めの内はいろんな疑問や怒りが頭を渦巻いていた。何でゴブリンを襲撃するはずがされているのか。見張りは何をやってたんだ。オークもいるんだけど! とか。

 

 しかしやがてその余裕もなくなった。生き残るために必死に手を動かし弓を引き続け、途中からは矢も尽きて、ナイフで身を守るのに精一杯だった。

 

 正直、私は戦力としてあまり役に立っていなかっただろう。弓を使って数匹は倒したように思うけど、それからはただ時間を稼いで、その実力を発揮したアリシアに早く魔物を倒してもらえるよう祈っていただけ。

 

 握力のなくなった手からナイフが滑り落ちる。

 

 これまで私たち【サザンの紅】は日帰りで受けられる簡単なクエストをメインに安全重視でやってきたのだ。野営が必要になるクエストも少しはやったことがあるけど、こんな事態になることを想定できていなかった。

 

 人が次々倒れていく信じられない状況で、無我夢中で戦い続け何とか乗り切った。今なおまとわりつく死の恐怖と生き残れたのだという安堵感。血で汚れた地面でも構わずへたり込みそうになるのをこらえつつ、周りを見渡しパーティーメンバーを探す。

 

 あぁ、フェルメルがいた。良かった、無事だったんだね。前衛だから血を被っていて分かり難いけど、たぶん大きな怪我は負っていない。後ディアレットは――

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 それからクエストが終わるまでの数日。私は茫然自失としていて、何をやっていたのかよく覚えていない。言われるまま動き続け、気がつけばサザンの冒険者ギルドに戻ってきており、今しがた合同パーティーを解散したところだった。

 

 いつの間にかGランクの冒険者では到底得られないような高額の報酬を手にしていて。そりゃあ、あれだけオークがいて、報酬を分け合う参加メンバーの半分が死んだんだ。何もできなかった私でも、たくさん……。

 

 これが、こんなもののためにディアレットが!

 

 衝動に任せて地面にお金をぶちまけそうになる右腕を、左手で握って何とか抑える。冷静になるように自身に言い聞かせて深呼吸をする。

 

 その時ふと冒険者ギルドから外へ出ていくアリシアの後ろ姿が目に入った。

 

 こんなこと私の半分位しか生きていないアリシアに聞くべきじゃないと分かってはいたけど、どうしても問いたくなって、後を追って冒険者ギルドから出る。

 

 このクエストで私に強烈な印象を残した子。まだ幼いにもかかわらず、人形のような、あるいは天使と形容しても過言ではない際立った容姿。そしてその圧倒的な実力はEランクの人たちを超えたものに感じた。あの奇襲を受けた戦闘でも、魔物の多くをアリシアが倒してしまった。

 

 私は俯いたまま、通りを進もうとするアリシアを呼び止めた。

 

「ねぇ、アリシア」

 

「なに?」

 

「貴方ならこんなことが起こるって分かってた?」

 

「どんなこと?」

 

「だからっ! ……こんなに犠牲者がでるような事態になるってこと」

 

「それはとても不思議な質問。むしろリリアが何を根拠に大丈夫だと思っていたのかが分からない」

 

「えっ?」

 

 何を言っているの? 困惑と衝撃で頭が真っ白になる。

 

「ゴブリンの中規模集落を殲滅するのが今回のクエスト。つまりオークというイレギュラーが発生しなくても、最大百匹のゴブリンがいて、その中にFランク以上の上位種が二十匹位はいるということ。こちらは全員で十六人、そしてFランク以上の戦力が四人しかいなかった。ゴブリンの戦力が上限に近かった場合、【森の守り手】にうまく対処してもらったとしても、無事に達成できるかはぎりぎりの依頼だったということ」

 

「そしてスフレ村までの道中で何度も魔物に襲われた。つまり魔物側が先手を取る確率が高いことは明らかだった。見つかる最大の理由である【グスティの四芒星しぼうせい】を集落に連れて行く判断をしたことで、イレギュラーが起こらずとも犠牲者が出る可能性は高かった。【森の守り手】もそれは織り込み済みだったはず」

 

「そんな! だってEランクの人たちが大丈夫って言ったんだよ!?」

 

「初めて会った人の何をそんなに信じたの?」

 

 虚を突かれた。私は冒険者ランクがとても強い意味を持っていると思っていたし、ましてや今回は二ランクも離れていたのだ。故に実力においても人格においても信用していいものだと思い込んでいた。それを疑ってかかるという発想はそもそもなかった。

 

「……うそ、うそよ。だって、だって、ディアレットが死んじゃったんだよ……」

 

「力押しで生き残る自信がないのなら、考えることを止めたら駄目。……厳しいことばかり、ごめん」

 

 冒険者は自己責任。

 

 【森の守り手】は犠牲者が出ることを許容して任務達成を優先したのだろうか。イレギュラーさえなければ、自分たちは生き残れると考えていたのかもしれない。

 

 そしてアリシアも、独力で生き残れると考えたからその指示に従っていたのだろう。いや、アリシアならイレギュラーさえも予見していたのかもしれない。

 

 何も考えていなかった、私たちは……物語に出てくる何もできないその他大勢で、捨て駒か。

 

 悔しい。嗚咽が漏れ、涙があふれ出てくる。どうして、なんでという八つ当たりの思考が止まらない。分かってる。【サザンの紅】のリーダーは私。私がちゃんと考えてなきゃいけなかった。

 

 街の近くで同じようなクエストばかり繰り返すようになっていて、少しステップアップしたいなと考えていた。そんな時にこの緊急依頼があって、人の助けになれるのならと何の覚悟もなしに、安易にこのクエストを受けてしまった。

 

 Eランクのパーティーが参加しているのだから、従っていればうまくいくと深く考えていなかった。こんなに生死が近くにあって、皆そんなに平然と冷酷な判断を下せるなんて。

 

 街で穏やかな暮らしをしていて、そんな環境が世界の全てだと思っていた私の価値観が崩されるようだった。

 

 駄目だな、私は。ディアレットが死んじゃったのに。悔しさと悲しさと怒りと恐怖と。ぐちゃぐちゃの感情の中で一際強く思うのは、安堵だ。私は今、何よりも自分が生き残れたことにほっとしている。

 

 もう無理だよ。向いていなかったんだな、冒険者。

 

「それがいいと思う。じゃあリリア、ばいばい」

 

 私の心を見透かしたかのようにそう言って、アリシアはこちらに背を向けた。もうアリシアに会うことはないのかもしれない。この子はこんな場所で停滞することを良しとせず、どこまでも高く駆けあがっていくのだろう。

 

 私は何とか震える声を絞り出し、その背に答えた。

 

「ばいばい、アリシア」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 後書き

 

 今年の更新はこれで最後です。もう少しこの章は続くので、その分は正月明けに投稿します。

 

 お話がしっとりした感じであれですが、気分を入れ替えまして

 

 良いお年を!

 

 

 

 

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