第24話 スフレ村での出来事

 

 

 無事……と言ってよいかは不明だが、無駄な戦闘を重ねて苦労したものの、誰も治癒しきれないような大きな怪我をすることなく、スフレ村へ到着した。何故近隣の村へ歩いていくだけでこんなに労力をかけなければいけないのかという感じだが、ひとまず万全でクエストに臨むという大前提の段階には達することができた。

 

 依頼者となっている村長へあいさつした後、日が沈むまで村の状況やクエストに関して詳細な情報を聞き込みする。事前情報では集落は村から半日離れているということだったが、どうやら既に村までゴブリンがやってくるようになっており、畑や家畜に若干の被害が出ているとのこと。

 

 幸い発覚から後は女子供を外に出さないようにしており、人的な被害はないようだ。

 

 またゴブリンの集落は崖を背にし、集落を囲うように木の杭によって壁が作られており、遠くから集落の大きさを確認しただけとのこと。よってその数は現在のところ不明だ。

 

 ゴブリンは暗がりを好む者が比較的多く、森の深い場所や洞窟、建物に住むことが多い。一方で、昼間に森から出てきたり、人を襲ったりする行動も見られており、昼行性・夜行性と判別できない。

 

 ただ割合としては夜に眠る方が多いこと、ゴブリンも視界に頼っているのは確かなことから、夜間にゴブリンの集落を襲撃することに決まった。私が火魔法を使えることは申告しているため、こちらはいつでも光源を用意できることもあるだろう。

 

 明日早朝に村を出て昼過ぎまでに集落の近くまで移動し、斥候に集落の規模やゴブリンの数を確認してもらう。そして対応できる数であれば、早めに休んで深夜を待ってから襲撃決行となる。奇襲となればなおよしということだろう。一度には対応できない数であれば、少しずつ釣り出してくるしかない。

 

 なんとなくの感覚としてだが、半日分の距離が離れている場所まで短期間でゴブリンが出回るようならば、敵は数十体ではすまない気がする。

 

 ゴブリンは身長百二十ケトルほどのGランクの魔物だが、その上位種は様々いる。

 

 指揮に特化したゴブリンリーダー、魔法を使えるようになったゴブリンシャーマン、弓の使い方を覚えたゴブリンアーチャー。これらはFランクの魔物だ。

 

 またゴブリンの能力が純粋に強化され身長百六十ケトルほどに大きくなったホブゴブリン。Eランク。

 

 さらにそこから身長ニメトルを超えるまで大きくなり、武装するようになったゴブリンジェネラル。Dランク。

 

 数百体の群れを率いるゴブリンキング。Cランク。他にも種類は数多いが、有名なのはこのあたりだ。

 

 ゴブリンたちの装備の質は集落の中に鍛冶ができる者がいるかどうかや、その環境が用意できるかどうかで決まる。できなければ木材を加工した棍棒や盗んだり奪ったりした武器で、できれば多くが金属武具を装備していることもある。

 

 想定している群れの規模だとジェネラルやキングはいないはずだが。どうなるかな。

 

 

◆◆◆

 

 

 情報収集を終えた後、村の宿屋にある食堂で食事を取った。食事も終わり割り当てられた部屋に戻ろうとしていると、【森の守り手】の魔法使いであるエルミーユに二人で少し話せないかと外に呼び出された。

 

 エルミーユはリーダーより少し若く二十三歳の女性だ。ローブを着ているし杖を持っているためか、いかにも魔法使いという感じがする。

 

 外はもうすっかり暗くなっている。家から漏れる光を見ながら村の中の通りを二人で歩く。遠くを感じると日中話に聞いた通り、確かにゴブリンにより掘り返された畑や、傷ついた建物があった。

 

「時間を取ってもらってすまない。君とは一度話したいと思っていたんだ」

 

「かまわない」

 

 家の中から漏れる光は多くなく、目を瞑っても歩ける私とは違い、エルミーユは歩き難いかもしれない。足元を照らすように、小さな火の玉を浮かべる。

 

「昨日、今日と君の様子を見ていたんだ。どうにも昔の私を思い出してしまってね」

 

「どういうこと?」

 

「……君はこの国では生き難いと感じたことはないか。周りと話が合わないと思ったことは」

 

「思わない日はなかった。だから村を出てきた」

 

 意外な話が出てきた。魔力の動きでなんとなく察していたけど、昼間の話も聞かれていたんだろうな。私以外にもそう感じる人がいるんだと思うと、少し嬉しいかもしれない。

 

「そうか。だからそんな年で……。それならこれは余計なおせっかいだったかな」

 

 何か思いにふけるように少し間をおいて、エルミーユが続けて話す。

 

「ここはある理由から進歩することを止めてしまった国なんだ。そうするだけの理由があって、それが習慣となるほど長い年月が経過してしまった。だから考えることを止めないような人間にはとても窮屈な環境になっている。それについて詳しく知りたいのなら、この国の歴史を調べてみると良い」

 

 私の考えは当たっていて、この国全体の話だったんだ。国の歴史か。直接言わないということは、何か理由があるのだろうな。この国を出る私にはあまり関係がないけれど、さわり程度は知っておきたい気もする。

 

「そして君は理解しなければいけない。君の才能はおそらく世界的に見ても上澄みに位置するだろう。この停滞した国では飛びぬけている。考え方が違い、さらに才能がかけ離れている。故に君とこの国の人たちは互いに共感することができない。感覚が違い過ぎるんだ」

 

 エルミーユが言うほど自分が凄い才能を持っていると思ったことはない。自分は頭が悪いのではないかと疑うこともある。特に、人の考えが理解できない時は。

 

 しかし、確かに天賦スキルという大きなものを私は授かっている。

 

「エルミーユはどうだったの?」

 

「私は多少頭が回っただけで、大した才能ではないよ。私はこれでも男爵家の長女でね。三年間学校に通ったが、私よりも頭が良い人も、魔法がうまい人もいたよ。そしてそんな家に生まれたから、君のように外に出ていくという選択を取れなかった。家を捨てる踏ん切りはつかなかった」

 

 エルミーユはいろいろとその生い立ちについて話してくれた。小さいながら村をいくつか領有する貴族家に生まれたこと。幼少期に寂れた領地を立て直したい一心で、様々な案を計画したこと。そしてその全てを考慮さえされずに否定されたこと。

 

 エルミーユはそのような経験をしながらも、狭い世界で生きることを選んだのだろうか。私はこの国の人を人と認めていないけれど、その中で人々に迎合して生きるということは、自身もそんなレベルに成り下がってしまうということだろう。自分を殺して周りに合わせ、死んだように生きて、それで満足なのかな。

 

 いつの間にか村の外れまで来ていたようで、歩みはゆっくりとなり、やがて立ち止まる。その光景が、狭い世界から外に出られなかった彼女を暗示しているようだった。

 

 一歩先を歩いていたエルミーユがこちらを振り返る。

 

「知っているか。サザンに在籍する最高位冒険者はDランク、この国全体で見てもCランクなんだ。この国に生まれた才能ある冒険者は皆ここから出ていく。残るのは歩みを止めた、レベルの低い環境で満足してしまった者たちだ。私は君の魔法を見て魅せられたよ。こんなにも自由なのかと感動を覚えた。君みたいな人は、こんな環境で埋もれてはいけない。私たちのようになってはいけないよ」

 

 そうか、エルミーユはもう諦めてしまったんだね。だから夢を託しているんだ。

 

「うん、私は数年以内にこの国を出るつもり。新しい景色が見たいから」

 

「そうか、それは良かった。ふふっ、いつか君の英雄譚が流れてくることを楽しみにしていよう」

 

 

 

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