第19話 ヴェノムスパイダー

 

 

 配達依頼と採取依頼をいくつか受けて、サザンを出発。三つの村やその近くの採取地をこの三日で回り、今はそこからさらに森の奥に入り薬草を探している。

 

 一口に薬草と言っても多くの種類が存在し、クエストで指定の合った特徴の植物を、資料室で見たイラストや特徴、生息地を参考に一致するものを探している。これまでも順調に採取できており、最も人里から離れる場所での採取を今行っている。

 

 このあたりはそれなりに森も深くなってきており、少し歩きにくい。

 

 

 魔力発動体を手に入れ制御力が向上したこと、ここに来るまでに走り回ってトライしていたおかげで、ようやくこれまでできなかった魔力と氣力の並行運用が可能になってきた。

 

 これにより、氣力による身体強化と魔力による魔力鎧の維持をし続けることが可能になる。魔力鎧を一日中維持できたらいいのにと思っていたので、これは助かる。後は魔力量が足りさえすればそれが実現する。

 

 防具を購入したとはいえ、所詮新人向けの物で、その防御力は過信できるようなものではない。身動きが制限される状態で、攻撃を無防備に受けてしまえば致命的だ。まだ草木をかき分けて歩くほどの密度ではないが、これで森歩きでの安心感が増す。

 

 次は並行運用よりはるかに難易度の高い一体的な運用が目標だ。並行運用はあくまで反発する二つのエネルギーを近づけないようにきれいに制御して、別々に使っているだけなのだ。それを一体化させた時にどうやって反発を抑え込むのか、試行錯誤を重ねなくてはならない。

 

 

 そんなことを考えながら見つけた薬草を採取していると……敵対的な気配に剣を抜く。周りを改めて確認するが、森が深くなっておりスペースが限られる。草木を避けるならば剣を横に振ることは無理だろう。

 

 樹木の上をつたってくる一メトルほどの大きな気配。今まで相対した敵より少し強そうだ。

 

 敵が数メトルの距離まで近づいてきたとき先制攻撃すると決め、気配に向かってウォーターボールを投げつける。しかし飛び跳ねるようにかわされた。大きさのわりに素早い動きも可能なようだ。

 

 敵は蜘蛛だな。資料室で見た生息域から考えると毒をもつ蜘蛛型の魔物、ヴェノムスパイダー。Eランクで相手をする敵だ。

 

 ウォーターボルトを連射するが、固い甲殻に阻まれ内部まで攻撃が通らなかった。成長のために新しく覚えた水魔法をメインに使っているが、まだまだ熟練度が足りないか。少しためよう。水魔法により水球を生成し、高密度の魔力を練る。

 

 樹木の上まで切り込むことも考えたものの、少し遅かった。ヴェノムスパイダーの武器は毒と巣を使って敵を捕らえることだ。

 

 その場から一歩下がって、上から飛んできた蜘蛛の糸を回避する。もう上を拡張された巣で塞がれてしまったな。突っ込んでいくのは悪手だ。ならばその前提を崩す。

 

 剣は体の一部。故に鋼鉄の剣まで氣力を循環させ、身体と同様強化することもできる。耐久力と鋭さを格段に跳ね上げ、蜘蛛が巣を作る木を一閃し斬り倒す。

 

 傾く木をよけ、巣ごと落下してくる逆様になったヴェノムスパイダーへ向けて素早く剣を二度振り抜き、その足を切り落とした。同時に待機させていた水球から水を高速で射出し、一瞬で串刺しに、そのまま横に振りぬいて輪切りにする。

 

 致命傷を負ったはずだが微かに動くヴェノムスパイダーをしばらく警戒していたが、動かなくなったため剣身を拭って剣を鞘に戻した。Eランクの魔物がこれ位か。少し強かったが別に苦戦はしなかったな。

 

 革鎧を着たことでその重さや可動範囲に制限が出ているが、問題なく動けていた。剣もこれまでの木剣ではできないようなことができるようになったし、まずまずだ。装備前と同レベルには習熟してきたし、装備を得た分強くなったと言えるだろう。

 

 ヴェノムスパイダーの素材はその甲殻と、巣糸だと資料にあった。ヴェノムスパイダーの討伐クエストは出ていなかったが、素材の売却はできるので回収して帰ろう。

 

 

◆◆◆

 

 

 最寄りの村まで引き返して、そこに宿をとる。明日よりここから二日かけてサザンまで戻る予定としている。

 

 それにしても、どうしようかな。村でいつも通り情報収集をしていたのだが、気になる話を聞いてしまった。

 

 曰く、この大陸では東にいくほど、また北にいくほど魔物は強くなる。この国は大陸南西の端に位置し、最も魔物が弱い地域だ。曰く、大陸の東や北はそもそも人類の領域ではない。森に覆われ魔物が繁殖し、人類は日夜そこから進出してくる魔物と争っている。

 

 このような話はこれまで聞いたことはなかったが、全くの嘘だとは思えない。とても納得のいく話だった。

 

 冒険者ギルドが強い冒険者を優遇しているのもこの話と合致する。サザンの冒険者が弱いのも、腕に自信があったり向上心があるものから移動してしまうからだろう。

 

 これだけが理由ではないだろうが、向上心があるものはこの国から抜けて行ってしまうのだ。少なくとも冒険者に関しては、私がダルア村で嫌った保守的で停滞した雰囲気の一因だろう。

 

 遠い世界の話を聞いて、どんどんやる気がわいてくる。すぐにでも飛び出したい衝動に駆られてしまう。この場所は始まりの地に過ぎなかったんだな。

 

 急ぐ必要はないし、私は現在人類の領域を巡り始めたばかりだ。だが将来的には別大陸や人跡未踏の地まで見に行きたいと思っているし、その為には今のうちから実力をつけていかないといけない。

 

 ……駄目だな、すぐに先のことに考えが飛躍してしまう。思考をフラットに戻し、はやる気持ちを抑える。やはり、まずは足場を固めないと。

 

 まだGランクのクエストで討伐依頼を受けていないし、難しめの納品依頼をこなしても良い。もう少しサザンでの生活を続けよう。最低でもあと何回か遠出してまとめてクエストをこなす。

 

 うん、今はそれでいい。

 

 

 

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