第8話 旅立ち

 

 

 今日は旅立ちの日だ。まだ薄暗いうちに朝食を済ませ、籠を背負って家を出る。空を見上げると、雲一つない空が広がっている。旅立ちの日にふさわしい天気だ。

 

 家から出たところで振り返って一礼。好きではなかったけど、今まで養ってくれたことは感謝しているよ。心の中で両親に、村人に別れを告げてダルア村を出る。

 

 そこからは駆け足で、薬の材料となる花の採取地まで向かう。まだ暗いが、浅い森だし慣れた場所だ。目隠しをした状態で荷物を担いで森の中を歩く訓練をやっていたこともある私には、何も支障はない。気配、魔力、氣力と複数の感覚で環境情報を読み取り、足りない視覚情報を補強するだけのこと。

 

 昼を過ぎても村に戻らなかったら行方を探される可能性が高いため、一手工作をしておく。採取地につき、担いできた籠を地面に下ろす。

 

 無属性魔法とは、魔力による透明な力場を作り操る魔法と解釈している。おそらく最も基本的な無属性魔法だろう魔力の矢を発射するマジックボルトを遠目に見て、そこを起点に理解を深めていった。そしていくらでも解釈の余地があり、幅広い活動に適用できる発展性に優れた魔法だとすぐに気づいた。

 

 矢の形である必要はなく、障壁の形にしたり、何なら手の形にして道具を持たせて空中で操ることもできる。魔力感知を併用して、目視できない獲物の内部に干渉し、きれいに解体することもできる。

 

 今回はマジックボール、魔力の塊を空中に生み出し下降させ、籠をバラバラに引き裂いて地面へ叩きつける。次いで魔力の手で近くに隠れていたウサギを掴み上げ、マジックボールでえぐれた地面へその首を裂いて血をまいた。

 

 私はここで何かに襲われ負傷し、その後消息を絶ったというシナリオだ。

 

 工作に使用したウサギはそのまま空中で解体し、肉を葉で包んでカバンに入れた。さすがに生皮を加工する時間はないため、ここを離れてから処分しよう。

 

 万が一にも痕跡で追いかけられないために、魔力で足場を生成し、自身を乗せたまま操作して五百メトルほど移動する。そう、魔法の初歩と言われ全魔法使いが習得する無属性魔法はとても奥が深く、疑似的に空を飛ぶことすら可能とする。力場を固めたまま移動させるのは難しかったが、私はこれですっかり魔法の楽しさに取りつかれてしまった。

 

 あまりに生活のあらゆる場面で使えすぎてしまうため、時間を短縮する目的で使用することにし、楽をするために使うことを止めたほどだ。私の身体能力は伸び盛りだからね。怠けてしまうわけにはいかない。

 

 そこからさらに四半刻ほど移動してカバンを回収し、村から距離を取りつつフォートンへの道に戻る。道と言ってもほとんど獣道のようなものだが。フォートンはダルア村から西にあり、今は村から南に離れているから北西に移動しよう。

 

 

◆◆◆

 

 

 夕方になり日が落ちてきた。そろそろ今日の移動は終わりだ。まだここはダルア村と同じ森の中。

 

 長さの単位は百セトルが一メトル、千メトルが一ケトルと決められている。徒歩での移動距離は一般に一日四十ケトルと言われる。ダルア村からフォートンの間は二日の距離なので、おおよそ八十ケトルとなる。

 

 私は成人より体格が小さく歩幅が狭いが、訓練のために最低限の氣力による身体強化を維持しつつ、駆け足で移動した。初めての本格的な長距離移動だから控えめに動いたが、今日で六十ケトルは進んだだろう。明日は今日のように寄り道は発生しないので、昼前にはフォートンに辿り着ける。

 

 道をそれて少し入ったところで、木に寄りかかり腰を下ろす。忘れずに身体強化を終わらせ、魔力の障壁を体にまとう魔力鎧を発動する。

 

 以前、氣力による放出や魔力による身体強化は効率が悪いので必要ないのではと考えたことがあったが、実際にはそうではなかった。ジョブが一つしかない時は自身の腕が未熟でトライする機会がなく、あまり実感していなかったのだ。しかしジョブが二つになり本格的に氣力と魔力の並行運用を考えることになった。そして氣力で身体強化を、並行して魔力で魔法を放とうとしたとき、氣力と魔力が反発してしまい、うまく操れなくなることが分かった。

 

 氣力による放出と同時に魔法を放った時など、制御に失敗して爆ぜて若木を吹き飛ばしてしまったほどだ。同時に手や腕の皮膚が裂けてしまい、まだつたない治癒術で必死に治療した思い出がある。

 

 並行して別々に使う方がまだ難易度が低く、もう少しすればできるようになるだろうという感触はあるが、今のところは練習時のみの使用に留めている。そうなると、片方のエネルギーで何でもこなす必要性が生まれるのだ。

 

 

 水筒を取り出し、水を飲んで一息つく。今日は人にも魔物にも出会うことはなかった。フォートンとダルア村を行き来する人なんて行商人位のもので、行商人はだいたい二十日に一度村へやってきていた。前回村に来たのは七日前のため、出会うはずがない。

 

 そして行商人が護衛をつけずに歩けるほど、このあたりは安全なのだ。ここ数百年村で見たものはいないのだが、ダルア村から遥か北に見える山にドラゴンが住んでいるらしく、それを恐れて強力な魔物はこのあたりに近寄ってこないらしい。知能が低かったり勘が鈍い魔物は構わず来るが、遭遇するのは森の奥だ。

 

 また、他所では盗賊が出没するようなところもあるそうだが、幸い私の知る限り村自体が襲われたことはない。であるならば、こんな人通りの少ない場所で人を待つなんて悠長なことをして、採算がとれるはずもない。盗賊は人の多い場所とその通り道でしか存在できないのだ……。

 

 もしかしたら村で行方を眩ませた私の捜索が始まっているかもしれないが、今日は村の付近の捜索で終わりとなるだろう。

 

 

 カバンから今朝解体した肉を取り出し、魔力を操り浮かせる。同時に魔法で斬撃を放ち、一口サイズにカット。塩を振りかけて、火魔法で焙っていく。

 空を泳いで、バラバラになり、焼けて手に持った串に刺さっていく肉たち。魔力を感じ取れない人が見れば、さぞかし不思議な光景に見えるだろう。

 

 場所も取らないため、野営の場所を探す必要もなく、とても便利だ。焼けた肉にかぶりつく。

 

 野営と言えば、泊りがけで外へ行くことのできない状態でどうやって練習しようか考えたことがある。その結果として、夜の間ずっと家に隣接する畑の小動物の気配を探って、近寄れば起きて家の壁越しに魔法で追い払う訓練や、寝ていても身にまとった魔力鎧を維持し続ける訓練に落ち着いた。魔力鎧さえ維持できれば、家の中でも外でもあまり安全性に違いはないからね。

 

 【見習い斥候】や【見習い魔法使い】のジョブを得るまでは少しずつ進歩していたが、ジョブを得た後はあっと言う間にできるようになってしまった。それ以後はあえてジョブを外して訓練することもした。

 

 

 カバンからパンとドライフルーツを取り出して食べる。うん、甘くておいしい。苦労して用意した分感慨もひとしおだ。

 

 食べ物を長期保存しようと思ったら、村では多くの場合干すことになる。村の中で店を広げることはやりたくなかったし、森の中で広げてずっと見張っているわけにもいかない。どうしようかと考え、結局これも魔法で解決してしまった。魔法で浮かせて、ついでに火魔法で周囲の空気を温め、持って歩くことにしたのだ。

 

 鍛えなければいけないからとはいえ、剣等の肉体的な修行はしっかり時間を取るのに、生産系の作業は魔法でどんどん時間短縮を図ってしまうというのが、初めに苦手なのかなと思ったきっかけだ。そして簡単にできるからと、物作りをあれもこれもと同時並行してやるようになり、頭がぐちゃぐちゃになって疲弊したのだが。

 

 

 さて、食事も終わったことだし、数年前から決めていたことを済ませよう。カバンからナイフを取り出し、背中まで伸びた自身の髪を後頭部で掴んで雑に切り落とす。

 

 どのような意味があったのかはよく理解していないのだが、村長の家に嫁ぐために髪を伸ばすよう言われていた。別に自身の髪が嫌いではなかったのだけれど、今後の冒険者生活で邪魔になってしまう。いつもフードをしているわけにもいかないだろうし、ただでさえ幼く弱そうに見えるのに、女ですと周りに見せびらかすのは余計なトラブルを招くだろう。

 

 停滞したダルア村とは違い、人や物が動くと、治安が悪くなることも多いと聞く。私はまだ九歳になったばかりで、胸が膨れたりしていない。少なくとも見た目ではっきり分からない内は、性別を誤魔化すべきだろう。

 

 時間さえ稼げば私は強くなれるのだ。それまでは目立たない方がいい。有象無象に左右されないように、外見で性別をごまかせなくなるだろう三年程度を目途に、中堅冒険者位の実力は得たいものだ。

 

 感覚である程度調整し、落ちた髪を全て燃やす。少し残念な気持ちもあるが、これは村との決別でもある。もうあそこへは戻らない。

 

 よし、今日はそろそろ休もう。カバンから木剣を引き抜き、抱えるようにして横になり、そのまま目をつむる。明日はフォートンで用事を済ませて、情報も収集して……そして私は意識を落とした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 後書き

 

 前回に引き続き単位について。1メトル=1m、1ケトル=1kmです。

 メ(ー)トル、キ(ロメー)トル。キトルはなんとなく語感が悪かったので、ケトルにしました。

 

 時間の単位は昔の日本の単位をもとにしています。一日=十二刻、一刻=2時間、半刻=1時間、四半刻=30分、一刻=六十ぶん、一ぶん=2分です。

 

 分が現代日本の単位と被っていて勘違いが発生しそうで少し迷いましたが、別に一ぶんを1分と捉えたところで大した違いはないかなと採用しました。

 

 

 

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