第7話 旅の準備②
ダルア村から半刻程離れた森の中で腰を下ろす。とうとう準備が整った。地面に降ろしたカバンを見ながら感慨にふける。
明日は春の節の三十七日。私の誕生日だ。切り良く九歳になったその日に出発することができそうだ。……まぁ、この日に間に合わせようと懸命に準備を急いだわけだが。
ジョブの育成に関して、冒険者としてやっていくために戦闘系ジョブの強化から取り掛かり、後から生産系ジョブを育てたのだが、結果から言ってこの順序は失敗だった。間に合うかわからなかったのだから仕方ないのだが、並行して進めていればもう少し楽だったはずだ。
やってみて分かったが、私に物作り系の作業はあまり向いていないかもしれない。ジョブの育成と旅の準備のための製作作業が重なり、精神的な疲れを感じた。
期限に追われなければまた感想も違ってくるだろうか。これならいつもやっている農作業の方がまだましなように思える。
それだけ集中して取り組んだのだ。そのおかげもあって村で獲得できた見習いシリーズは全てレベル上限まで至っているし、幾つか上位のジョブを進めてもいる。農民系ジョブが一番進んでしまっていることに思うところはあるが、すぐに他が追い抜いてくれるはずだ。
今は満足感でいっぱいだ。もう生産系ジョブが活かされる機会は少ないかもとも思うが。
一節ほど前に村からそれなりに離れた場所で遭遇し討伐したフォレストウルフ十三頭の皮を鞣し、カバンを作り、換金用に追加でウサギやイノシシの皮も鞣し、木工細工を作って、旅の途中で食べることもできるようにカンパンや干し肉を作ったり……。
日々家事や農作業の手伝いを続けながら、自由時間で作業に取り組み、怒涛のラストスパートを駆け抜けた。
ブーツ、そして厚手の服や外套として羽織るフード付きのクロークも作った。カバンは戦闘時に邪魔になるかもと少し迷ったが、体が小さいので仕方なく大きめの背負いカバンにした。
所詮ジョブランク一の見習いの作品なので耐久力的にも、間もなく成長期に入るだろう私の体格的にもそれほど長くはもたないだろう。
現在私の身長は百三十五セトル。以前は劣っていたが、同年代の子たちを平均すると同程度か、それをやや上回る位には成長することができた。
今後旅での粗食や資金難が予想されるが、食事には気を使ってできる限り大きくなろう。同じ技量なら大きい方が強いのだ。
旅に必要なものは最低限そろえられたと思う。採集作業で普段から野外へ出るので水筒や手拭などの小物類は普段使っているものがあるし、ナイフは研ぎなおしておいた。
カバン一杯に用意した換金物が邪魔になるため、まずはフォートンに立ち寄り、そこで売り払おう。計画ではフォートンを経由してサザンへ向かい、短期の滞在を予定している。サザンで最低限の生活基盤を作り、旅の見通しを立てる。
フォートンからサザンへの行程は不明だが、何とかなるだろうと思う。寒さが和らいで人が活動を始める時期だ。フォートンからサザンへ向かう人が全くいないなんてことはないだろう。それにこの周辺から急に環境が変わるわけではない。最悪、野外で自給して何十日でも生きていける程度には成長している。
冒険者としての装備は準備できなかったため、換金して得たお金で食いつないでいる内に用意しなくてはいけない。サザンで装備をそろえたいところだ。
これまで訓練で振ってきた自作の木剣をカバンに取り付ける。これでもこのあたりに現れる魔物くらいはたやすく叩き斬れる。本身を得られるまで持っていこう。
クエストには街の中でこなせるものもあると聞いているし、数種類の魔物は実際に討伐した経験もある。新人冒険者向けのクエストなら問題ないだろう。
改めて現在のステータスを確認する。
――――――――――人物情報――――――――――
名前 アリシア
種族 ヒューマン
年齢 8
ジョブ 火魔法使いLv.14 斥候Lv.8
ステータス補正
筋力 F-
持久 F+
敏捷 E+
器用 D
魔力 E-
氣力 G+
天賦スキル
学習Lv.2
スキル
魔力感知 魔力操作 無属性魔法 火属性魔法
気配察知 隠密 罠察知
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――
学習 Lv.2
Lv.1:観察眼、ジョブ設定
Lv.2:成長速度上昇、第二ジョブ設定
――――――――――――――――――――――――
天賦スキル獲得以来の一番の大きな変化はジョブが二つ設定できるようになったことだ。これは全村民のステータスチェックをしたあたりで気づけば【学習】のレベルが二になっており、可能となったのだ。
重要なのは、これによりジョブ毎に固定となっているステータス補正が二つ分加算されるようになったことだ。これは他の人にはない極めて大きなアドバンテージだ。
ちなみに、村民に天賦スキルを持つ者はいなかった。そのため確かな情報は【学習】のレベルアップ要因にはステータス閲覧が関係しているという事だけだ。漠然とした推測としては、多くのジョブやスキルを観察することやジョブのレベル上限到達等が関係するのではないかと考えているが、根拠があるわけではない。
学習レベル二に記載のあるもう一方、成長速度上昇については良く分かっていない。成長という言葉が身体的な成長を指しているのか、あるいは技量やそれ以外なのか。
技量的な面で言えば、これまでやろうとしてどうしてもできないような物事に直面した記憶がない。いや、村人の説得という単語がちらっと頭を掠めたが、そこまで広義的なものを指しているのかな?
あれはもう無理とすぐに断念してしまったし……。とは言え、今振り返ってあれから努力を続けても、人間関係が悪化するばかりで、よい方にはなっていなかったという確信がある。まあ、やらなかったことを考えても仕方ない。
広い世界に出ていろんなことにチャレンジしてみればできないことも増えていくだろうが、解放以前の情報がないため比較できず、効果を実感することはないだろう。
次の変化として、ジョブが上位ジョブに到達した。ジョブランクは記載されないため不明だが、二なのではないかと思っている。
【火魔法使い】は【見習い魔法使い】の上位ジョブだ。ゴブリンの件で来た冒険者に唯一見せてもらった魔法、ファイアボールをなんとか再現しようと試行錯誤を繰り返し、火魔法を使えるようになると解放された。
【斥候】は【見習い斥候】の上位ジョブで、森で活動している内に自然と解放されていた。周囲の警戒がやりやすくなるため、野外で活動する際には斥候系ジョブを設定することが多い。一番怖いのは不意打ちだからね。
これらの結果から、おそらく上位ジョブが解放される条件で最も基本となるものは、元となる下位のジョブをマスターすること、そして上位ジョブの要となる技能の習得が必要なのだと思う。
ファイアボールを見せてもらった時、冒険者は呪文を詠唱して魔法を発動しており、火魔法には呪文の詠唱が必要なのかとカルチャーショックを受けた。
初めはその通り再現しようと詠唱していたが、無属性魔法は別にそんなものはなくとも使用できていた。とても便利なので、獲物の解体から物の生産までなんでも応用ができ、自然と使えている。なら火魔法はと魔力操作に集中していると詠唱などなくとも魔法の再現に成功した。そこから形に拘らず火魔法を練習して現在に至る。
どうにも、魔法使い系統のジョブランク二は属性特化型のようだ。どのような属性があるのかもわかっていないが、おそらく見ればできるので、今後属性を増やしたいところだ。
最近は斥候系+魔法系というジョブのセットを好んで使用している。斥候系は戦士系と同様に氣力に補正が入るジョブに当たるので、このセットによって氣力と魔力の双方に補正が入る。周囲の情報を感知できる手段は複数あった方がいいし、魔法で補助することによって逆に一般的な探知手段である五感・気配・氣力・魔力・熱等の探知から隠れることもできる。
まだまだ駆け出しだが、幼い体でもステータス補正により身体能力は行商人に負けていない。だから旅に出ることは可能だろうと判断したのだ。
ステータスを閉じ、カバンを獣等に狙われないようにしっかりと隠した。
明日は薬の材料となる早朝にだけ咲く花を採取するという口実で外に出る。そのためにいつもと順番を逆にして貰い、朝は出かけ、家事や農作業の手伝いは昼からと両親へ話している。朝一番に旅へ出るためだ。その際にこの荷物を回収し、フォートンへ向かうことになるだろう。
ようやく、ようやくだ。ストレスを受ける環境で九年耐えた。新しい人生が明日始まるんだ。楽しみだな。
―――――――――――――――
後書き
1セトル=1cmです。セ(ンチメー)トル。わかりやすさ重視です。
ファンタジー感を出すために、初めは新しい単位を設けたり、尺貫法やヤードポンド法で書いてみたりしていました。ただ、書いた私が見て全くどれくらいの長さなのか想像できなかったので、これを理解して貰うのは無理だなと断念しました。
きっとセトルは惑星のサイズ基準で定められた単位ではないとか……そんなですよ。
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