第2話 プロローグ②

 

 

 転機となったのは三つの出来事だ。

 

 一つ目は村に冒険者の一行が来たこと。この村の近くは安全な場所だと聞くが、それでも数年に一度は村の警備隊では危うい魔物が近づく。そんなときには急ぎでなければ行商人に手紙を託し、急ぐ場合は村人を走らせて最寄りの街まで行き、冒険者ギルドに対処してもらえるよう依頼を出すのだ。

 

 そのとき来てくれたのはニ十歳ほどの年若い三人の男性。装備から見て、剣士に治癒師に魔法使いだろうか。冒険者にとってはそれほど難しい依頼ではなく、報酬はあまり多くはないのかもしれない。だから若い人たちが来たのかな。

 

 村の狩人であるジョンおじさんが道案内を務め朝早く出発し、夕方帰ってきたときには大きなイノシシの魔物をソリに載せて、苦労しながら引っ張っていた。特に前衛である剣士は服に血がにじんでいたりして奮闘ぶりが伺えたけど、それでも笑顔で帰って来たのだ。

 

 夕日を背にこちらへ手を振りながら帰還する彼らが、とても楽しそうに見えた。彼らの姿に自由というものを感じ、憧れたのかもしれない。彼らには話を聞いてみたり、観察してみたりしていろいろ分ったこともあるのだが、うん。それが一番の感想かな。

 

 

 二つ目。この国、少なくともこの村では、十歳でジョブを授かり、働き口がある場合は十二歳で弟子入りし、十五歳で成人となる。私たち女の子の場合はその後十代の間に結婚することが多い。なんだけど……。

 

 あれは私がまもなく六歳の頃。朝は親の手伝いをして、昼からはあちこち出歩くことが多かった。子供たちと話したりは必要があればするくらい。一緒に遊んでいた時期もあったけど、騒がしい子猿の群れにしか見えなかったし……。

 

 今日は魔法の練習をしながら、外へ木の実を取りに行こうかなと村の中を歩いていると、向こうから近い年の子がこちらに歩いてきた。名前は……うん。よく私にちょっかいをかけてくる、とても騒がしい、村長の息子。太っているし、もう少し運動をした方がいいと思う。仕方ないので立ち止まって、無難に挨拶をする。

 

「おいブス、今日はちゃんと来いよ。みんな待ってんだぞ」

 

「こんにちは。今日は外に用事があって、これから出る予定だから行けない」

 

「お前いっつもそれだな。なんでお前はそんな無愛想……って、今日はそんなこと言いたいんじゃないんだよ」

 

「何?」

 

「お前そんなんじゃ嫁の貰い手がないからよ。しょうがないからお前が大人になったら俺のとこに嫁ぎに来い」

 

「そう……。やめておく」

 

「あ、ちょっ、アリシア!」

 

 会話の中でそんな話を振られる。自分ではどうなのかよくわからないのだが、話の中で私の容姿について触れられることは度々あった。褒められることもあれば貶されることもあって、それが理解を難しくしている。今回も結局どう思っているのか分からなかった。

 

 ただ、頻度や反応から考えるとたぶん村レベルでは私の容姿は良い方らしい。私は金髪に空色の目なのだが、これも神様の祝福を受けていると、好まれる配色らしい。そのためか、このような冗談を聞くことはよくある。昨日も近所のおじさんに言われたし。軽く流していつも通りすぐに分かれる。

 

 無表情で愛想が悪いと言われることもあるし、貶されるのはそのあたりが影響しているのかもしれない。まぁ、そんなことはどうでもいいことだ。容姿が良くても悪くてもこの村にいる時点で大した違いはない。もっと根本的には村人たちにどう思われようとあまり興味がないんだ。憎まれて奴隷のように扱われることがなければ、それでいい位にしか考えていない。

 

 私としては子供たちの中でも小柄な体格の方が気になっている。もっと動けるようになるために、たくさん食べて大きくならないと。

 

 

 そんないつも通りの日常だったはずなのだが、その日の夜には親から私と彼が婚約したと告げられた。彼はすぐに嫌がらせをしてくるので、子供たちの中でも特に好んでいないのだけれど。

 

 村長の家との婚約に、両親は嬉しそうだった。村長の家とつながり次期村長に気に入られれば、いろいろと良いことがあるのかもしれない。いつもとても簡単な努力や改善をせず、生活が楽になる手段を自ら放棄している両親が、なぜ今回ばかり……。もっと先にやるべきことがいくらでもあるだろうと思ってしまうのも当然ではないだろうか。

 

 そして何よりも苦痛に感じたのは、六歳から始める予定だった剣の稽古への参加が取りやめになったことだ。

 

 村の近くは安全とは言え、魔物はどこにでもいるもの。それに危険は何も魔物だけではない。最後の頼みとなるのは自身の腕なのだ。この村では六歳になる頃から希望者は警備隊の人たちに剣を習う。当然私も参加予定だったし、とても楽しみにしていたのだ。

 

 しかし万が一にも傷が残ってはいけないと、それを止めろと言われる。私は力が入りそうになる体を抑えながら、はいと答えた。これは提案ではなく決定なのだ。駄目だ、今ではない。まだ一人で生きていくだけの力はないんだ。

 

 結局剣の稽古は遠目に観察していれば大体分かってしまい、絶対に必要か否かと言われれば必要なかったのだけれど。私の興味はそういう方向を向いており、とても悔しい思いをした。正直今でも恨んでいる。

 

 

 

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