異端の少女は世界を旅する
音夢井こまる
ダルア村での生活
第1話 プロローグ①
「世界が狭い」
日が沈み薄暗くなっていく空を眺めながら、そんな言葉が思わず口をついた。
村の生活しか知らない私は、閉塞感に喘いでいた。あまりにも村人たちと考え方が違い過ぎるのだ。何故もっと考えない、何故変えることを頑なに拒むのか。何も損をしない、皆にとって良いことのはずなのに。検討すらされず、必ず否定から入るのだ。
理解しがたい習性だ。本当に彼らは私と同じ生物なのだろうか。もしや意思疎通の取れない動物に話しかけているのではないか。自己を認識して間もない頃から違和感を覚え、最近では本気でこのような考えが頭をよぎる。
過去も現在も、ここには嫌悪ばかり抱いてしまう。そして未来さえも私を縛るのだろう。
だから、私は。この村を必ず出ると決めたのだ。
◆◆◆
ここはネイヴァル王国のサザン領にあるダルア村。人口百人程度の小さな村だ。ここで私は農家の長女として生を受けた。兄が二人で私は第三子となる。名前はアリシア。この村にはヒューマンしか存在しないため、もちろん種族はヒューマンだ。
幸いなことにこのあたりは気候も安定しており、農業に適している。決して裕福ではないが何とか食べていくことはできている。とは言っても、家を相続する長子以外は出稼ぎに出ることが多いのだけど。
村の周りには森があり、近くなら危険な生き物も多くないことから、狩人が狩りをしたり、子供たちも採集の手伝いをしたり、森の恵みを得ることもできる。
この村は森の中を切り拓いてできた行き止まりであり、道は街の方にしか伸びていない。そのため旅人が来ることもなく、定期的に行商人が来るだけのとても閉鎖的な環境だ。
だからだろうか。
私の記憶が確かになったのがおそらく生後三ヶ月、自我というものを意識したのが三歳頃。その頃から私は村人たちに感じる違和感を自覚し始めていた。
こんな簡単なことが、なぜできないんだろう。もっとうまく体を動かしたら楽になるのに、どうしてしないんだろう。こういう道具があれば早く作業が終わるのに、なぜ用意しないんだろう。
最初から考えていないのか。考えてはいるけど思いつかないのか。思いついてもできないのか。そもそもできないなんてことがありうるの?
いや、そんなはずはない。思いつきさえすればやれることのはず。いくら何でも皆が幼児より身体能力が低いなんてことはない。時間をかけて試さないと分からないようなものは挙げていないのだし。
私も興味がないことに意識が向かないことはよくある。
しかし日々の生活を効率よく楽に、あるいはより良い生活を送りたいというのは万人が求めるものではないだろうか。
もしかしたら街に行けば人生が既に満ち足りたりていて時間があり余っており、苦労を楽しむご隠居みたいな人がいるのかもしれないけれど。
ダルア村で余裕のある生活をしているのは村長家位で、それにしても日々の労働からは逃れられない。さらに私達は日々の生活に追われる小さな家の農民で、私の家でも私と年の離れた次男はもう少ししたら街へ出稼ぎに行くことになっている。
これだと自身の職業である農業にも、生活の豊かさにも、自身の子供にも興味関心がないという事になってしまう。
この傾向は周りの農家の人たちだけでなく、濃淡はあれど村全体の傾向のようだった。
これまで周りを見てきた結果、どうも子供が大人に意見するようなことは好まれないみたい。
初めの内はそれに気づかず話してしまったこともあったが、すぐに止めた。意味がないし、迷惑そうな顔をされると嫌な気分になる。直接話すのが駄目ならばと、それとなく見えるところでやって見せたりもしたのだけれど、何も反応しなかった。
これは気づかないのではなく、できないでもなく、やらないのだろう。
どういう意図なのだろうか。何か理由があって、あえてしないのかな。皆のことが理解できない。頑ななまでに保守的な態度だ。
そんな村人たちへの苛立ちは徐々に諦念へと変わり、やがて関心が薄れた。そして自身の境遇について悩むようになる。
森には一日のほとんどを寝ていたり、立ち止まったまま生きる小動物がいるという。私にとってこの村はそんな動物の群れに囲まれた檻の中のように感じる。
貴方たちはそれで満足かもしれないけれど、私はそうではないんだ。本当にこんな環境で一生を過ごすさなければならないのだろうか。
そんな息苦しさや、日常のもやもやがずっと降り積もっていた。
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