失敗しない男【ショートショート】

時計の秒針がやけに大きく響く中、タナカは手を挙げた。


「僕、自信がないことが実はメリットだと思うんですよ」


予想外の発言に、会議室が一瞬静まり返った。

同僚たちの目が「今それを言う?」という視線でタナカを見つめる。


隣の同僚が軽く笑った。

「ほう。それ、詳しく聞かせてもらおうか」


タナカは頷き、指を一本立てた。


1.慎重になれる

「ほら、自信満々の人って、突っ走りがちじゃないですか。『これは絶対成功する!』って豪語して、結局大失敗する人、よく見ますよね」


タナカは自分の企画書を指さした。

「僕は『これ失敗するかも』って常に思うので、準備も確認も徹底的にやるんです」


隣の同僚が微笑む。

「まあ、それで成功したことはあるのか?」


2.期待されないから、自由

「それが二つ目のメリットです!」


タナカは胸を張って言った。

「僕に期待する人ってほとんどいないんですよ。これ、めっちゃ楽なんです。責任も軽いし、失敗しても怒られない」


「いや、それはどうなんだ?」

同僚が眉をひそめた。


「期待がないってことは、自由なんですよ!自信満々の人って『完璧でいろ』っていう圧がすごいでしょ?」


上司が腕を組みながら、静かに口を開いた。

「で、タナカ。その理論で成功したことは?」


会議室がシンと静まり返る。


タナカは少し考えてから微笑んだ。

「成功はしてません。でも、失敗もしてません!」


一瞬の沈黙の後、同僚たちがクスクスと笑いを漏らす。

上司は呆れたように頭を振ったが、薄く笑みを浮かべた。

「じゃあタナカ。次の会議、プレゼン頼むぞ」


「えっ、いや、僕は…」


「慎重に準備して、失敗しないんだろ?」


タナカの顔が引きつったまま、上司は席を立った。


数日後、タナカは完璧に準備した資料を持ってプレゼンに挑んだ。

だが、あまりに守りに入った内容だったため、会議室の誰の心にも響かず、ただ静寂だけが残った。


会議後、タナカは同僚に笑いながらこう言った。

「ほら、失敗しなかったでしょ?」


同僚は苦笑しながら肩をすくめた。

「でも、成功もしなかったな」


タナカは少し考え、こう付け加えた。

「それでいいんですよ。…多分」

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