恐怖知らずの男【ショートショート】

カタオカは言う。

「俺には怖いものがないんだよな」


その言葉はいつも自信たっぷりで、まるで自分が特別な存在だと言わんばかりだった。

友人のハヤシは、またかという顔で首をかしげた。


「いや、怖くないってことはないだろ。人間、誰だって苦手なものぐらいあるはずだ」

「ないって!虫もジェットコースターも幽霊も、全部平気だ」


ハヤシは少し考えてから口を開いた。

「じゃあ、証明してみろよ。あの廃病院で一晩過ごせるか?」


一瞬、カタオカの表情がこわばった気がしたが、すぐに肩をすくめて笑った。

「余裕だな。幽霊なんて俺にかかれば友達になれるさ」


ハヤシは目を細め、じっとカタオカを見た。

だが、その顔には嘘をついている様子はなかった。


廃病院の夜。


廃病院の入口は、まるでこの世から切り離された空間のようだった。


・錆びた門が軋み、不気味な音を立てて風に揺れている。


・割れた窓ガラスから差し込む月明かりが、内部の影を揺らしている。


・床にはガラスの破片が散乱し、足音を立てるたびにカリカリと耳障りな音が響く。


カタオカは懐中電灯を片手に進んだ。

「いい雰囲気だな。ホラー映画のセットみたいだ」


廊下の奥から、微かな音が聞こえた。

金属が擦れるような音。

それとも、誰かの足音だろうか。


彼は立ち止まり、音のする方向を見つめた。


「おいおい、幽霊なら出てくるタイミングくらい考えろよ」


その瞬間、背後でガタンと重い音がした。

振り返ると、入口のドアが静かに閉まっていた。


「……風だな。多分」

彼は懐中電灯の光を動かしながら、再び廊下を進む。


暗闇の中、車椅子が突然動き出し、彼の横をカタカタと通り過ぎた。


「おお、自動運転か。現代技術もここまで来たか」

何の動揺もなく呟くと、そのまま奥の部屋へと入っていった。


翌朝。


「カタオカ!大丈夫かよ!」

ハヤシは待ち合わせ場所でカタオカの姿を見つけ、駆け寄った。


彼の服は泥だらけで、あちこちに無数の手形がついていた。

顔色は真っ青だが、目は妙に落ち着いている。


「何があったんだ?」


カタオカは手に握りしめていた紙切れを渡した。

「幽霊に渡された」


メモの内容。


『お前、何で怖がらないんだ?こっちが落ち込むから少しは反応してくれ!』


「怖くなかったのか?」

ハヤシが半信半疑で尋ねると、カタオカは少し考えるような仕草をしてから答えた。


「ああ、怖くはなかった。ただ……驚いたよ。幽霊が感情を持ってるなんてな」


「……それ、普通の人なら怖がるポイントだぞ」

ハヤシは呆れたように首を振った。


カタオカは肩をすくめ、小さく笑った。

「まあ、怖いって感情がどういうものか、いまだによくわからないけどな」


ハヤシは呆れながらも、小さく笑った。

「お前のほうがよっぽど幽霊より怖いわ」

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