演技の代償【ショートショート】

男はカウンターで酒を飲みながら、隣の客に話しかけた。

「俺、どんな役だって完璧にこなせるんだぜ」


隣の客が興味津々で聞き返す。

「例えば?」


男はポケットから警察バッジを取り出し、堂々と掲げてみせた。


「例えば、刑事役、とかな」


低い声で一言。

隣の客は驚き、背筋を伸ばす。

だが、男はニヤリと笑い、付け加えた。


「もっとも、これ偽物だけどな!」


客は苦笑いしながら答える。

「なんだ、ビビらせるなよ」


男はさらに身を乗り出し、小声でこう続けた。

「けどな、このバッジと俺の演技のおかげで、このバーで飲み代を払ったことは一度もない」


客は感心したようにうなずいた。

「すごいな……本物の刑事も顔負けだ」


その時、カウンターの奥からバーテンダーが口を開いた。

「それで、昨日飲み逃げしたお前を本物の刑事が探してるんだが、今日はどうするつもりだ?」


男の笑顔が凍りついた。

手の中のカクテルグラスが音を立てて揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る