分解の美学【ショートショート】
「時計の修理ですか?もちろんお任せください!」
クロカワは胸を張り、依頼人から古びた腕時計を受け取った。
「これは亡くなった祖父の形見なんです。動かなくなっちゃって……どうしても直したいんです」
依頼人の切実な声に、クロカワは大きく頷いた。
「お祖父様の形見……素晴らしい時計ですね。大丈夫、この道20年の僕に任せれば完璧に直ります!」
その言葉に、依頼人はほっとしたように微笑んだ。
クロカワは工具を取り出し、作業を始めた。
机の上には、針、歯車、小さなバネが次々と並べられていく。
「ふむふむ……なるほど、かなり繊細な造りですね」
クロカワは時折頷きながら、真剣な表情で作業を続ける。
しかし、時計が元の形に戻る様子は一向に見えない。
「……本当に直るんでしょうか?」
依頼人は机の上の部品を見つめ、不安げに尋ねた。
「ご心配なく!」
クロカワは胸を張って答えた。
「プロの仕事は素人には分からないものですからね」
1時間後。
机の上には時計の部品が散乱し、クロカワは汗だくになりながら立ち上がった。
「お待たせしました!」
「これ……本当に直ったんですか?」
依頼人が尋ねると、クロカワは堂々と言い放った。
「修理の結果、これは芸術品として保存すべきだと判断しました!」
「……は?」
クロカワは部品を袋に詰めながら続けた。
「動かすより、こうして部品ごと飾ることで、お祖父様の思い出が永遠に生き続けますよ」
依頼人は絶句したが、クロカワの熱意に押されて何も言えなかった。
後日。
その『芸術品』は町のギャラリーに展示され、『分解された形見時計』として注目を集めた。
依頼人は納得しないままギャラリーを訪れたが、思わずこう呟いた。
「……でも、ちょっとカッコいいかも」
一方、クロカワは「新たな依頼をお待ちしています」と大声で叫び、次なる『作品』に意気込んでいた。
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