パン屋の一票【ショートショート】

選挙イヤーの熱気が田舎町を飲み込んでいた。


スピーカーから溢れる演説。

街角で手を振る候補者たち。

パン屋の窓越しに、それをぼんやり眺める主人。


「税金を下げます!地元を豊かにします!」

選挙カーの声が遠ざかると同時に、店のドアが開いた。


スーツ姿の候補者が元気よく現れた。

「こんにちは!未来のために、ぜひ一票を!」


主人はパンをこねながら、片眉を上げる。

「未来ってのは、何をしてくれるんだ?」


候補者は得意げに胸を張った。

「パン屋さんのコストを削減します!地元の小麦農家を支援して、仕入れを楽にするんです!」

「これで、パンの値段を下げられますよね?」


主人は手を止め、じっと候補者を見た。

「なるほどな。でも、俺が値段を上げたらどうする?」


「えっと、それは……」

候補者は少し慌て、すぐに笑顔を作り直した。

「地域全体の信頼でカバーします!」


主人は募金箱を指差した。

「その信頼の第一歩として、そこに寄付してみろ」


候補者は焦りながら財布を出したが、中身は薄っぺらい名刺が一枚。

「ええと……これが、未来への投資です!」

名刺を募金箱に押し込み、候補者はそそくさと店を出て行った。


主人はパンをこねながら、肩をすくめた。

「未来を語るには、まず自分の財布を満たしてからだな」

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