文具沼【ショートショート】

「さあ、君を迎えに来たぞ!」


俺は高鳴る胸を押さえながら文具店のドアをくぐった。

店内には、見慣れた文房具たちが整然と並んでいる。

しかし、今日の俺の目標はただ一つ――。


限定モデルの万年筆「エクリプス・ノワール」


そこにあったのは――。


・光沢を帯びた深い黒。


・見る角度によって微妙に変わる漆のような質感。


・一筆入れただけで、心が浄化されると評判のなめらかな書き心地。


・ケースに刻まれた「限定生産100本」の文字。


「これだ、これが俺の人生を変えるんだ……!」

心の中で叫びながら、俺はまっすぐ商品棚に向かった。


「いや、違うだろ。お前、もう万年筆は10本以上持ってるだろ」

「だが、これはただの万年筆じゃない。“魂”だ」

お目当ての商品を前にして俺は自問自答する。


財布を開くと、中身は空っぽだった。

しかし、俺は冷静だった。

「カードがあるさ」


堂々と店員に向かって言う。

「36回払い、お願いします」


店員の微笑み


「かしこまりました!」


勝利を確信した俺は、内心で小さくガッツポーズを決める。

だが、次の瞬間――


背後から、雷のような声が響いた。


「36回に分割されるのは……あんたの人生よ!」


振り返ると、そこには鬼神のごとき妻が立っていた。


妻の凄まじい存在感


・右手には、俺がこれまで購入した文具の領収書をまとめた分厚いファイル。


・左手には家計簿アプリが表示されたスマホ。赤字がギラギラと輝いている。


・その目は、エクリプス・ノワール以上に黒く深い怒りを湛えていた。


「返品、できますよね?」

俺は店員にそう呟きながら、内心で考えた。


「次は妻の機嫌を取るための“謝罪文用万年筆”を探さないといけないな……」

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