信じるもの【ショートショート】

夕暮れの商店街。

派手なスーツを着た講師が、ステージの上で拳を振り上げていた。

「みなさん!信じるだけで、あなたの人生は変わります!」


観衆の中で、スズキがつまらなそうにあくびをした。

「信じるだけで?そんなに簡単なら俺も億万長者だな」


彼のぼやきが聞こえたのか、講師はスズキを指差して笑顔で言った。

「あなたもぜひ、奇跡を体験してみませんか?」

スズキは片眉を上げた。

「奇跡って、空を飛べるってやつも含まれるのか?」


「もちろんです!信じれば、空だって飛べます!」

「じゃあ、やってみるか」


彼は観衆の笑いを背にステージを離れた。

その背中には、冷静さと皮肉が混ざった表情があった。


数日後ニュース画面。


新聞には大きな見出しが躍った。

「男、ビルからダイブ。結果は――」


記者たちに囲まれたスズキは、満面の笑みでこう語った。

「いや、空を飛べたわけじゃない。でも信じる力のおかげで、ビルの横にあった建設用ネットに飛び込む冷静さを保てたんだ。奇跡ってのは、意外と地味だな!」


だが、次の日さらに驚くべきニュースが流れた。

スズキが講師を訴えたのだ。

「俺が飛んだのはあいつが焚きつけたからだ!責任取れよ!」


裁判で追い詰められた講師は、信じる力を熱弁する代わりに、小声でこう呟いた。

「次回のテーマは『信じる前に安全策を講じよう』だな……」

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