ありがとうの相手【ショートショート】

「感謝の言葉にはすごい力がある!」

教授は黒板をバンと叩きながら言った。

「科学的に証明されているんだ。感謝を伝えると幸福ホルモンが分泌され、健康にいい!人生まで変わる!」


学生たちは顔を見合わせ、渋々隣に向き直る。

「ありがとう」

「こちらこそ」

講義室に響くぎこちないやり取り。


だが、俺――タナカはその場で固まっていた。


理由は単純だ。


・隣の席が空いている。


・話しかける相手がいない。


・だが、教授の目は確実に俺を捕らえている。


仕方なく、声に出した。

「ありがとう」


「タナカ君!」

教授の声が教室を割った。

「感謝を伝えたか?」


「やりました!」

俺は慌てて言い返した。

「でも隣が空席で…。それでも感謝の気持ちは伝えたんです!」


「それで?」

教授の顔が興味深そうに歪む。


「返事が返ってきました」

「返事?」


俺は少し間をおいて答えた。

「『どういたしまして』って、空席から」


教室は一瞬、張り詰めたように静まり返った。

最前列の女子が思わず息を飲むと、控えめな笑い声が後ろから前へと伝播していき、やがて教室全体に柔らかなざわめきが広がった。


教授は腕を組み、真顔で一言。

「その机、研究中のAIを搭載しているんだよ」

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