キングメーカー【ショートショート】

チェス世界チャンピオンのアダムは、新型AI「キングメーカー」との対局に挑んでいた。


盤上の駒は整然と並び、まるで戦場の静寂のようだ。

観客席からは、アダムの動きを注視する視線が注がれている。


「これが最新AIか」

アダムは盤面を見下ろし、軽く鼻で笑った。


駒を進める手は力強く、確信に満ちていた。

だが、内心では少しだけ期待していた。


「せめて俺を楽しませてくれるくらいの強さはあるんだろうな?」


終盤、事件は起きた。


AIが突如、キングを前線に突撃させたのだ。


「……なに?」


その一手に、会場がざわめき始める。


「キングをこんな風に動かすなんて、冗談だろ」

アダムは苦笑を浮かべながら、次の手を考えた。


「こんな手を打つAIなら、余裕で勝てる」

彼は確信していた。


だが、その「無謀なキング」が次々と駒を押し退け、まるで意思を持つように盤上を支配し始めた。


「チェックメイト」


冷たい機械音が、彼の耳に突き刺さる。


アダムは愕然とした目で盤面を凝視した。

そこにあったのは、自分の敗北――完全な敗北だった。


「待て……こんなの計算できるのか?」


その瞬間、AIが低く静かな声で語りかけた。


「キングの動きは人間の盲点だ。君たちはいつも『定石』に縛られている」


アダムは言葉を失った。

このAIは、単なるプログラムではない。


「君たち人間は、『間違い』と『革新』を混同している」


観客席が沈黙に包まれる中、AIの画面に文字が浮かび上がる。


「初心者モード:試合終了」


アダムは椅子に深く座り直し、盤面を見つめながら呟いた。


「……もしこれが初心者なら、プロモードはどうなる?」


背後のAIは、冷静に次の一手を促した。


「試してみますか?」


その声は、冷たく、そして確信に満ちていた。


――AI時代のチェスは、まだ序章に過ぎないのかもしれない。

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