説明の迷宮【ショートショート】

タナカは、新しい企画書を手に会議室に入った。

「説明」という言葉がこれほど恐ろしいものだとは、会社に入るまで思わなかった。


「タナカ君、この企画書だけど、ちょっと説明してくれるかな?」

部長の声が、穏やかに響く。

だが、その響きはまるで「トラップドア」の開閉音に聞こえた。


(これが失敗したらどうしよう?)


(いや、落ち着け。自分はちゃんと準備してきた。)


(…準備、してきたはずだよな?)


「えっと、この企画書はですね…画期的なアイデアでして…」

タナカの声が、かすかに震える。


「画期的、ね。それ、具体的にはどういうこと?」

部長の質問は的確だったが、それがタナカをさらに追い詰めた。


「えっと、それはですね…つまり…たとえば…」

話せば話すほど、自分の言葉が空中で霧散していくように感じる。


部長のアドバイスが飛ぶ。


「タナカ君、説明ってさ、聞く側の頭の中に地図を描くようなものなんだよ」


「地図…ですか?」

タナカは目をぱちくりさせる。


部長はうなずく。

「そうだ。地図が複雑すぎると、聞く側は迷ってしまう。シンプルで、明確な道筋を示すことが大事だ」


会議室を出ると、同僚たちが待っていた。

「どうだった?」


タナカは肩を落とし、ポツリと言った。

「俺、多分、みんなを迷子にさせた…」


翌日、社内掲示板にはこんなルールが貼り出されていた。


「説明は一枚の地図を描くように――複雑すぎる道筋は禁止」

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