透明な財布【ショートショート】

「先生、どうにかしてください!財布がブラックホールみたいに、給料を全部吸い込むんです!」


診察室に飛び込んだ俺は、先月のクレジットカード明細を叩きつけた。

数字が並ぶ紙は、まるで俺の浪費を笑っているように見える。


医者はそれをちらりと見て言った。

「重症ですね。でも治療法があります」


「本当ですか!?ぜひお願いします!」


「ただし、リスクが伴いますが」

その言葉に、俺は一瞬ひるんだ。


翌日、医者が処方した「透明財布」を持った俺は、街中で試してみることにした。


透明財布を持った生活の風景:


・スーパーのレジ

後ろに並んだ女性が、俺の財布を見てクスクス笑う。

「千円札一枚だけ……」


・コンビニのレジ

店員がちらっと財布を見た後、何とも言えない表情で「袋いりますか?」


・自販機前で立ち止まる俺

透明な財布の中には、小銭が1枚も見当たらない。

通り過ぎる人々が哀れむような目を向けていく。


財布を出すたびに羞恥心がこみ上げ、買い物をする気が失せていく。

これが「治療」というやつか……。


1週間後。

診察室に戻った俺は、医者に成果を報告した。


「先生!本当に無駄遣いが止まりました!財布を出すのが恥ずかしくて!」


医者は満足げにうなずいた。

「見事です。心理療法の成功例ですね」


俺はため息をつきながら続けた。

「ただ、友達まで俺の財布を見て笑うようになりました。もう財布を見せたくありません……」


医者は静かにメガネを外し、こう言った。

「それも立派な節約です。財布を持たないという究極の手段に、一歩近づけましたね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る