壁が壊れた理由【ショートショート】

朝のオフィスは異様な静けさに包まれていた。

壁には巨大な穴が開き、そこから差し込む朝日が散乱する破片を照らしている。


その前に立つタナカ係長は、腕を組み、深いため息をついた。

「…ミヤベ」


「はい、係長」


「これ、どういうことだ?」

タナカ係長は壁の穴を指差した。


ミヤベはぎこちない笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。

「いやぁ、これには深い理由があるんです!」


「深い理由ね」


「実は昨夜、『浄化の使徒』という団体が会社に侵入してきたんです!」


タナカ係長の眉がぴくりと動いた。

「浄化の使徒?」


「そうです!彼らは『この世を清浄な領域に変える』とか言いながら、会社のサーバーを狙っていました!」


「ふむ。それで?」


「僕が勇敢に立ち向かったんですが、奴らは粘り強くて…。僕が説得していると、突然光り輝く聖杯を取り出して…!」


「聖杯?」


「はい!『神の意思を示す証』らしく、それを使ってサーバーにアクセスしようとしたんです!」


「なるほど。で?」


「僕は必死に食い止めましたが、最終的に彼らが『浄化の光』を使って壁を爆破して逃げました!」


タナカ係長はスマホを取り出し、防犯カメラの映像を再生した。

そこには、笑顔で壁に何かを設置するミヤベの姿が映し出されていた。


「これ、どう説明する?」


ミヤベは顔を引きつらせたが、観念したように言った。

「…すみません。全部話します」


「聞こう」


「昨夜、会社で一人で飲んでたんです」


「飲んでた?」


「はい。日本酒をちょっとだけ。それで、ネットで買った『サバイバル脱出キット』を試したくなって…」


「…お前、なんでそんなもんを会社に持ってきた?」


ミヤベは俯いたまま、小さな声で答えた。

「…災害が増えてるじゃないですか?だから職場でも備えが必要だと思って…」


「お前、まだ酔ってんのか?」


タナカ係長は静かに壁を見つめ、ため息をついた後、冷静に言った。

「まぁ、お前が払う修理費用を見れば酔いも醒めるだろうよ」


ミヤベはしばらく黙った後、小さな声で呟いた。

「修理費用、経費で落ちませんかね…?」


タナカ係長は目を細めて一言。

「その発想が一番の災害だよ」

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