水流物語特別外伝
兄妹のクリスマス
流水物語 クリスマス特別SS
ブレンネン家は王国の五大貴族のうちの一つである。五大貴族ともなれば季節柄の行事にも手を抜かない。
賓客や領地内の村民たちを招き、それはもう盛大な催しをするのが恒例となっている。それがたとえ貴族としての見栄だとしても、伝統に縛られている古いお家柄上やらないわけにもいかないのである。
ブレンネン家の嫡男であるフレイにとってみれば、クリスマスというのは一年の中でも数少ない楽しみにしている日の一つであった。
それは家族から祝ってもらえるからとか、プレゼントをもらえるからとか一般的に幸福な家庭の子供が抱く理由ではなく。単純に一族誰からも存在を忘れてもらえるからである。
炎熱系統の魔術師の家系であるブレンネン家において、水魔術最適魔力を持って産まれましたフレイは一族の汚点。当然存在は秘匿され、外部の客を招くパーティーになんか呼ばれるはずもない。
それどころか、一族の者は皆パーティーの支度に気を取られフレイの存在など気には留めなくなっているのだ。
これがフレイにとってどれだけ心休まることか。邪険にされるぐらいなら、居ないものとして扱ってもらったほうが遥かにマシであった。
「今年もクリスマスの季節かあ」
フレイは自室に引きこもり書庫から拝借してきた魔術書を読み魔術で火を出す練習を行っていた。部屋の外で使用人たちが慌ただしく行ったり来たりする音を聞きながら好きなことをするのは恒例行事となっている。
母ターリアが存命の頃は、母の手前フレイを邪険にすることはできず参加させてもらえていたが、母が死んでからというものそういったものはめっきりと無くなっていた。代わりに一族は妹のイオを大層可愛がり、対外活動もイオを使って積極的に行っていた。フレイ専属の執事コルマンによれば今年はイオの歌を披露する予定らしい。
『おうたのれんしゅう、たのしい』と言って彼女は必死に練習しているらしい。ほんとうにくだらない。
「コルマンはパーティーの準備とかしなくていいのわけ?」
「私の使命はぼっちゃまを見守ることです。お気遣いなく」
部屋の片隅で本を読み、ときおりこちらの様子を伺っている執事に対して、暗に邪魔だから出ていけと伝えてみるも一蹴されてしまった。
「まあいっか……特に邪魔もしないし……」
部屋にいる執事を追い出すことは諦めて、大人しく魔術の練習に戻ろうとしたそのとき、扉を叩く音がした。
「誰?」
フレイの部屋を訪ねてくるのは珍しい。こうした特別な催しの際に集まる分家の悪ガキたちだろうか。とにもかくにも扉を開けなければ来訪者が誰なのかもわからない。渋々フレイは扉に近づいて、開けてみると──。
「……」
「……」
そこにいたのはフレイの妹であるイオが、壊れたぬいぐるみを持って無言で立っていたのだった。
「……」
「……」
お互い無言が続く。イオの燃える炎のような真紅の瞳がジッとフレイのことを見つめてきている。何か言いたげだが、一向に口を開く様子はなかった。
「なんだよ、なんか用でもあんのか」
「……ひーちゃん」
「ひーちゃん?」
どうやら“ひーちゃん”とは彼女が持っているぬいぐるみらしい。全体的に赤みがかったクマのぬいぐるみのようだが、片手がちぎれかかって綿がはみ出していた。
「おにい、ひーちゃんなおして」
「はぁ?」
妹の口から出てきた言葉は予想だにしていなかった。というのもフレイとイオの仲は良いとはいえず、一族の方針で両者は接触禁止となっておりフレイが一方的に嫌っていることもあって、基本的に交流はない。それが先月とある事件が起きて、焔の森に単身迷い込んだイオをフレイが救出してからというもの、妹から一方的に絡んでくるようにになって迷惑していたところだった。
「なんで俺がお前のぬいぐるみを治してやんなきゃいけねーんだよ、ってか治し方しらねーし……」
「おにい、ひーちゃん、なおして」
「だからなんで俺なんだって、他に誰でも治してくれるやついるだろ」
「おうた、がんばるから」
「だからしらねーって……」
このまま突き返してしまえばいい、それでいいはずなのにどこか、それができない自分がいた。そのときふと、ある日の記憶が蘇る。病床に伏せる母に甘える少年の記憶。その少年には母がいた。だが目の前の少女には誰がいる? 父は自分と違って少女を家族と認めるだろうが、親としての愛を注いでいるかと言われればそうではない。一族の者たちも甘やかしているかもしれないが、親ではない。
少女には生まれてこの方甘えられる人がいなかったのかもしれない……。
「………………わかった。わかったよ、その代わり歌、しっかりやれよ」
「! うんっ」
ぱあっと音が出てきそうな笑顔を浮かべたイオはクマの“ひーちゃん”をフレイに預けて、颯爽と廊下を駆けていった。
「なんでこんなことしなきゃならんのか……」
「ぼっちゃま、裁縫できるのですか?」
「……昔母さんに少しだけ教わったことがあったんだ。忘れてるけど、やってれば思い出せるだろ」
「わかりました。もしわからないことがあればなんなりと訪ねてください」
フレイは収納棚を漁って裁縫セットを探し始めていた。その背中を見てコルマンは、『私に全て任せるのではなく、初めから自分でやるつもりな時点で優しい心が隠せてない』と温かい目で見守っていたのだった。
◆◆◆◆
それから数日後、ブレンネン家のクリスマスパーティーは執り行われ、そこで無事にイオのお歌お披露目会も大成功を収めることができた。その日の夜……。
ブレンネン家の屋敷の廊下を、人知れず歩く少年と一人の執事の姿があった。少年の手にはクマのぬいぐるみが握られている。
「まったく……ここまでするのならご自分でお渡しになればよろしいのでは?」
「うっせーな……俺はアイツのことが嫌いなんだよ。これ以上関わりたくないの」
「その割には私にイオ様の歌の披露宴はどうだったと聞いてきたのはどなたでしょうか?」
「……」
なんてことを話しているうちに二人は本館のとある部屋に着いた。普段本館への出入りが許されていないフレイが、本館へ入れたのは執事のコルマンが同行しているからである。
その扉には可愛らしい文字で『イオの部屋』というプレートが掲げられている。
「じゃ、コルマンあとは頼んだ」
「何をおっしゃいますかぼっちゃん。一介の執事たるわたくしには、イオ様の自室に入る権限はありません。それができるのは兄であるぼっちゃまだけです」
「……だったら扉の前に置いて帰るってのは……」
「廊下に置いておけば、誰かがゴミと間違えて廃棄してしまうかもしれませんなあ」
「ぐぬぬ……」
実際は執事全員がイオが大切にしている私物全てを把握しているため、ぬいぐるみを扉の外に置いていても廃棄されることはない。だがこの時のフレイはそこまで頭が回らない。大人ぶっていてもまだまだ子供なのだ。
「……はぁ……。じゃあすぐ終わらせるぞ」
フレイはゆっくりと扉に手をかけて開ける。部屋の中は灯り一つない暗闇だった。廊下の灯りが室内に溢れて、ぼんやりと中の輪郭が見えてきた。イオの部屋はとにかく広かった。齢四歳の少女が暮らすにはあまりにも広く、端から端まで三十メートルは優にあるだろうか。部屋の一番奥に天蓋付きの豪華なベッドが鎮座されている。
そのベッドの主はスゥーっと小さな寝息を立てて夢の世界へと旅立っていた。そのままゆっくり近づくと、段々とイオの姿が見えてきた。
「……」
「おかーしゃん」
「!」
イオは母を知らない。母はイオを産んで間も無くこの世を去ったため、イオのことを抱き上げることなく息を引き取ったという。だからこそイオは夢の中だけでも、存在しない母親を求めているのかもしれない。
「……ほらよ。これでも握って一緒に寝な」
「……! すぅー……、すぅー……」
見かねたフレイがクマの“ひーちゃん”をイオに添い遂げるようにベッドに置いてあげると、イオはすぐにぬいぐるみを抱き抱えてベッドの中へと引き摺り込んだ。そして先ほどとは見違えるような穏やかな寝顔を浮かべていた。
それをみたフレイは、もう自分はこの場にいる必要はないと判断してゆっくりと部屋をあとにするのであった。
翌日、お気に入りのぬいぐるみが修繕されていたことに気づいた少女の歓声を、フレイは聞くことはなかった。
「もうアイツに関わるのはこれで最後だな」
「よろしいのですか? 縫い物をしている間、楽しまれていたようですが」
「俺は母さんとの思い出を楽しんでただけだっての」
「それもどうかと思いますが」
「声に出てんぞ」
妹と関わるのは懲り懲りだと、口にしているフレイ。しかし、フレイはこの後長い間イオの魔術の面倒をみることになるのだが、それは少し未来のお話。
水流物語 JULY @Julyknt
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