女子トイレ内でのいじめ事件は、別クラスの生徒が職員室に駆け込みすぐに発覚した。だが、性的被害は未然に防ぐことができなかった。

 校長室には、年配の指導教諭・君島きみじまと保険医・やまもとりょう、搭子のクラス担任・佐野さのと蓮児が集められていた。

 世代がバラバラの大人たちは、ただ一人着席している校長のほうじょうに向かい合わせで立っている。


「教育委員会に知らせるべきです」


 神妙な面持ちで凉子はそう進言するが、北条はまぶたを閉じて腕を組み、黙りこんだままだ。


「まいったな……こんなこと、前例がないよ」


 地肌の目立つ後頭部をきながらつぶやく佐野。見るからに困った表情をしているものの、被害者の塔子のことを気にかけている様子には見えなかった。


「警察にだって、通報しても──」

「いやいやいやいや! それは大袈裟でしょう?」


 眉根を寄せる君島が、横にした手のひらを左右に激しく揺らしながら凉子の言葉を遮る。


「大袈裟? あなた正気ですか? 女子生徒が性的暴行を受けたんですよ?」

「まあ、待ってください。教育委員会と警察には、ちゃんと報告や相談はしますから。瀬良搭子の親御さんにもその辺りは説明しますので、どうかここは落ち着いてください」


 すわったままの北条は、涼子をなだめようと片手を突きだしてだまるように促した。

 だが、本当にそうするのか。

 少なくとも、警察には知らせまい。

 なにもいわずに大人たちのやり取りを静観していた蓮児は、そう思っていた。

 そもそも、なぜ非常勤講師の自分がこの場に呼ばれているのか理解ができない。搭子とは会話をしたこともないし、授業以外もあのクラスを時々みていたのは、担任の佐野が無理矢理に押しつけたからである。


「とりあえず、あのグループから瀬良搭子を遠ざけたいので、彼女を違うクラスへ移したいのですが……校長、どうでしょう?」


 加害者たちと被害者の担任である佐野が、とても無能な提案をする。

 同じ学校で、しかも同じ学年を行き来させたところで、一体なにがどう緩和するというのであろう。しかも、咲姫のグループを解体させるのではなく、塔子をどうにかしようとする提案だ。


「いや、クラス替えは保留でいいでしょう」


 眉間に深く皺を寄せた北条は、革張りの背もたれに深く身体を預けてから「本人の様子はどうです?」と、ここではじめて被害者である生徒の容態を保険医にたずねた。


「瀬良さんは相当ショックを受けているようで……今は、保健室のベッドに寝かせています」

「親にはもう連絡したの?」


 君島は困り顔のままたたずむ佐野にいてみるも、佐野は自分に話しかけられたと思わなかったようで、なにも答えず腰に手を当てて考えごとを続けていた。


「……藤巻君、した?」


 今度は蓮児にたずねてきたが、そこまでの個人情報を彼が知っている訳がない。けれども、こんなクラス担任では、下手な言葉を一方的に伝えるだけで終わってしまうだろう。


「いえ……でも、俺でよければ──」

「大丈夫よ、藤巻君。あたしが連絡するわ」


 凉子が然り気なく蓮児の腕に触れ、言葉の続きを止める。しっかりとしたアイコンタクトも送ってきていた。


「では、お願いします」


 佐野を意図的にゆっくりと間をもたせて見つめた北条は、次いで凉子にすわったまま頭を下げた。


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放課後も君を愛せれば 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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