第41話 ルミナとメイベル(6)
「わたしたちは廃都市の中で敵に囲まれた。まず、真っ先に前衛のメイベルがやられた。相手はデタラメに強い亡者で、メイベルは精一杯戦ったけど、全然歯が立たなかった。あれはたぶん、帝国軍が大昔に放った魔術兵器」
「帝国の……」
ルミナは頷いた。
リフィトリアは強張った顔で話の続きを待っていた。
「近寄ってくる他の亡者や魔物、動くものには何でも襲いかかってた。あそこにはそんな奴がたくさんウロウロしてる。死ねない亡者同士が永遠に殺し合って、また再生しては殺し合う。地上の地獄」
「そんな場所が、今でもこの島の中にあるなんて……」
リフィトリアの感想はもっともだ。ルミナだってこの目で見なければ信じられないだろう。
この街と地続きの廃都市で、今この瞬間にも二千年前の亡者や魔術兵器が跋扈する地獄が展開されているのだ。
「わたしは負傷したメイベルを背負って逃げた。追手は、ファランとライラが引きつけてくれた」
今でも鮮明に思い出せる。雨の中に見た最後の後ろ姿。
――これも年長者の役目だ。
「あの状態で生きてガラキャムを出られたのは奇跡としか言いようがない。けど――」
ルミナは首から提げたお守り袋を握った。
「メイベルの怪我はあまりにも重かった。命からがらガラキャムから一番近い村まで辿り着いたけど、そんなところに医者がいるわけなかった。いや、いても助からなかったと思う」
「そんな……」
恐るべきガラキャムから生きて出られたこと、危険な道のりを経て人里まで降りられたこと、どちらも奇跡だ。そして、奇跡は三度はなかった。
「わたしも気力を使い果たしてそのまま倒れた。村の人が夜通し見守ってくれて、わたしは眠った。でも、翌朝目を覚ましたらメイベルはもう……」
眠ったように動かないメイベルの前で崩れ落ちた。
突然やってきたトレジャーハンターの厄介者、それでも村の人たちは気遣ってくれた。
その後のことは、まるで他人の記憶をみているように現実感が希薄だった。
意気消沈したルミナの代わりに村の人がメイベルの遺体を綺麗にしてくれて、弱ったルミナに食事を供してくれた。やってきた行商人に頼み込んで、ルミナとメイベルを帰り道に同乗させてくれた。
もしかしたら、邪魔者をさっさと村から追い出したかっただけかもしれない。それでも多大な世話になったことに間違いはなかった。
「ほとんど何もかも村の人に頼りきりで身支度を整えて、わたしたちは村を出た。行商人の荷車に乗せてもらったり、自分で歩いたりして少しずつ戻った。メイベルの体を連れたまま旅をするのはどうしても難しくて、途中で仕方なく焼いた。長いことかけてようやくアルドロカムに戻ったけど、帰ってきたって感じは全くなかった」
帰り着いた街は相変わらず賑やかで、活気に満ちていた。しかし、ルミナたちの拠点には、もう誰も帰ってくることはないのだ。ルミナただ一人を除いて。
結局、借りていた拠点は引き払った。一人住まいの小さな借家に身を移し、そこからルミナは死んだように生き始めた。
「亡者みたいだと思った。トレジャーハンターになるために全部捨て去って、トレジャーハンターとして全てを無くした。最後の務めとして北本島に渡って、メイベルの故郷に骨を埋めた。それで全部終わり」
ルミナは話を終えた。
ベリーを一つ手に取り、食べた。甘い。
「リーフの仕事を受けたのは、お金がなくなったから。馬鹿みたいだよね。生きててもしょうがないのに」
しばらくの沈黙があった。
リフィトリアは沈痛な面持ちで俯いていたが、やがて顔を上げて言った。
「今は私がいます」
「……」
「私は冒険の仲間です。ルミナにとっては、お金でつながっただけの、一時の雇い主に過ぎないかもしれません。それでも……」
「……うん」
お互い、それ以上何も言うことはなかった。淡々とベリーの残りを片付け、二人は床についた。
夜は静かに更けていった。
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