第36話 ルミナとメイベル(1)
宿の風呂場で汚れた体を洗い、洗濯された清潔な服に袖を通すと気持ちが少しだけ晴れた気がした。そして、地上の食事はとてもおいしかった。
夜になって、二人は部屋でゆっくりと過ごした。探索で使った荷物を片付けていると、リフィトリアが「あっ」と声を上げた。
見ればリフィトリアが鞄から一つの瓶を取り出すところだった。
「もっと食べてもらえばよかったです」
リフィトリアが手にしていたのは保存食の瓶だった。ベリーの蜜漬けが一つだけ手つかずだったようだ。
窓際の机に瓶を置き、リフィトリアは椅子に座った。
「一緒に食べませんか」
ルミナは道具の整備を中断し、リフィトリアの向かいに座った。
リフィトリアが瓶を開け、ベリーをつまむ。ルミナも同じように一粒を手にとって、口に入れた。砂糖の甘さとベリーの酸味が舌の上に広がった。
「ルミナは以前にも似たような経験があるのですか?」
二粒目を取ろうとしたところで、リフィトリアが言った。
「慣れているようだったので」
「うん。今回ほど酷いことにはならなかったけど」
「こういうことは、よくあるのでしょうか」
「宝の取り合いで小競り合いになることは、たまにある」
欲望のぶつかり合いだ。トレジャーハンター同士が宝の前で出会えば争いは必然。誰かが死んでも魔物のせいにでもしておけばよいという無法者もいるのだ。
「大抵はどっちかが譲って終わる。わたしたちのリーダーは安全よりなタイプだったから、話し合いできなさそうな相手ならすぐに手を引くようにしてた。でも、中にはこっちの持ち物目当ての強盗崩れのようなヤツもいてね。戦わざるを得ないことはあったんだ」
「そんなことが……」
「トレジャーハンターの目的は大体お金。だから、悔しくても手持ちの収穫を渡せば大体の相手は見逃してくれる。でも、今回はそうはいかなかった」
三人の人間、二つの呼吸具。取り合いになったのは命だ。
「リーフにも酷い体験をさせて申し訳なかったと思う。わたしがもっと上手く引き際を見極められていたら、こうはならなかったかも」
「奥地まで行こうと提案したのは私です。ルミナが気に病むことではありません」
「わたしは報酬を貰って仕事をしてる。言い訳はできない。それに……前のリーダーなら、もっとうまくやったはず」
年長者の役目だ。そう言って、危険な仕事や難しい仕事は何でもこなした。命を賭すことすらしてくれた。
ルミナは目を瞑った。豪雨の中、頼もしくも儚い後ろ姿が瞼の裏に蘇る。
「そういえば、ルミナはどうして前のパーティーを抜けたのですか?」
「抜けたんじゃない。死んだの。わたし以外全員ね」
リフィトリアが絶句した。目を見開き、明らかに狼狽している。
「ごめんなさい。何も知らずに酷いことを」
「いいの。もう済んだことだから」
しばらく気まずい沈黙が流れた。
「……前の仲間のこと、教えてくれませんか? 無理にとは言いませんが、知りたいです。どんな人たちとの、どんな経験がルミナをトレジャーハンターとして育てたのか」
ルミナは首から下げたお守り袋を握った。
話してもいいかもしれない。
簡単な仕事と思って引き受けたリフィトリアの付き添いだったが、これほど過酷で濃密な探索から生きて帰ったのだ。これを新しい仲間と呼ばずしてなんだろうか。
ルミナの頭の中で、頼れるリーダーが言った気がした。「それも年長者の役目だ」と。
「そうだね。じゃあ、話すよ。わたしがどうやってトレジャーハンターになって、どうしてやめたのか」
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