第33話 遭難者(4)
その後もいくつかのポイントを案内してもらい、ルードの部屋へ戻って食事になった。ルードが用意した魔物の肉と、ルミナたちが持ってきた保存食だ。
ルードの部屋は明るい。部屋を照らしている複数のランプは天井から剥がしたという昔の魔術ランプだった。
「うめえなあ、やっぱ」
ルードはベリーの蜜漬けに舌鼓を打ちながらしみじみと言った。色とりどりのベリーが詰められたガラス瓶から大切に果実をつまみ上げては、一粒に時間をかけてゆっくり噛みしめているようだった。
「ルードさんは、どうしてこんなところまで?」
尋ねたのはリフィトリアだった。
「そりゃ、多分あんたらと一緒じゃねえかな。求める宝は、人が辿り着いてないところにあるもんだ」
「やっぱりそうですよね」
ルードは自分の鞄へ手を突っ込むと、中から何かを取りだした。
「ほれ、スゲえだろ。普通なら見せびらかしたりしないんだが、ここじゃ持ち逃げなんて無理だしな。特別だ」
宝飾品や古い時代の硬貨、金で作られた神像。一見して高価と分かる品々だ。
「こんなのがいくつもある。持って帰れる中で、とにかく高そうなやつを集めた。そんで、一番の自慢はこいつだ」
ルードは自分の腰の裏側から金製の面を取りだした。今まで巧妙に上着で隠していたらしい。
その面は分厚くて大きく、さらに装飾が極めて繊細だった。目玉には大粒の宝石がはめ込まれ、角や耳にもそれぞれ異なる宝石が使われている。細工は裏面にまで及び、びっしりと古い文字が彫り込まれていた。確かに、他の宝と比べて一線を画する上物のようだ。
「たぶん、アルキャロの神様の面だろう」
宝の中でも特に高価と思しき面と神像を並べ、ルードは言った。
「こいつらだけは絶対なくせねえから、いつも持ち歩いてる。ちっとばかし重いがな。人生で見つけた宝の中じゃ飛びっ切りよ」
そう言って、ルードは面を顔に被せておどけて見せた。リフィトリアが笑って返すと、ルードは面を外して語り始めた。
「実はな、俺には女房と息子がいるんだ。アロンポートの町に住んでる。けど、俺はこの遺跡に入れ込んじまってな。ずっとダスラに泊まりっきりだったんだ。そしたら縁を切るって言われちまった。探索馬鹿には付き合ってらんねえってよ」
ルードは自嘲した。
「無理もねえ。毎日遺跡に潜っちゃ、ガラクタを持って帰ってくるばっかり。ろくに働きもしねえ、顔も見せねえ。当然の結果よ。けど――」
じゃらりと、宝飾品を掴みあげて掲げる。ランプの光を受けて大粒の赤い宝石が煌めいた。
「こいつを見せれば考えを変えてくれるかもしれねえ。こんだけあれば金貨二百……いや、三百はいくはずだ。それで縁を戻せたらな、もうトレジャーハンターは辞めるつもりだ」
宝を鞄へとしまった。
「二人にはちょっと申し訳ねえな。こんな所まで来たのに、近場の大物は貰っちまっててよ」
「いいえ、私たちの目指す宝物は少し違っているので」
「違うってのは?」
「私はアルキャロの歴史を探しているんです。古い時代の手がかりを拾い上げて、先住民の子孫へ返すのが目的です」
「へえ、そいつは珍しいな」
「今日も良い収穫がありました。ルードさんが教えてくれたランプの部屋にあったのは、アルキャロの時代に信じられていた神々の壁画ですね」
リフィトリアが嬉しそうに言った。
「ああ、そういやでっけえ絵が描いてあったな」
「はい。光に包まれている方が、栄えの神。影に包まれている方が、廃れの神ですね。あんなに広くて、今でも動くようなランプが置かれていたんです。昔の人たちにとって大事な祈りの場だったのかもしれません」
「なるほどなあ。俺はそっちのほうにゃ興味がねえが、収穫になったってんなら良かった」
ルードは感心したように言った後、ルミナの方を向いた。
「あんたも一緒かい?」
「わたしは雇われ。リーフの探索についてくこと自体が目的だから」
「そうか。んじゃ雇い主が収穫を得られたんなら良しだな」
そう言って、ルードは次のベリーを手に取って口へ放り込んだ。
「ま、それも出られたらの話か……」
ルードはベリーの種を吐き出し、溜息をついた。
リフィトリアが尋ねる。
「ずっと徒歩で出られる道を探しているんですか?」
「ああ。だが、最近は諦めかけてきてな。どんどん探索に使う時間が減ってきてるんだ。どこも行き止まりばっかり。そうじゃなきゃ、水に阻まれる。行くも戻るも泳ぐしかなくてな」
「やっぱり呼吸具ですか……」
「そうだな。一応、素潜りで抜けられるところがないか一か八か潜ってみたりもしたが、難しいな」
ルードはベリーの種を吐き出し、言った。
「けど、今はあんたら二人がいる。こうやって話し相手がいるだけで、ちっとはマシになった気がするぞ」
希望に顔をほころばせるルードにリフィトリアは笑って応じたが、ルミナは事態がどんどんと良くない方向へ動いているようにしか感じられなかった。
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