第31話 遭難者(2)
ルードに案内されてたどり着いたのは、小部屋だった。居住区で見た部屋よりも少し大きい程度だ。
部屋に至る通路には魔物の骨から作った手製の鳴子が仕掛けられており、ルードが探索慣れした熟練者だということがよく分かった。
「元々ここにあったガラクタを全部外に出してな、ある程度整えた。遺物の中には古い布もあったからよ、集めて火でよく乾かして寝床にしたんだ」
部屋の隅には小型の魔術炉や魔術ランプが置かれている。ルードは炉の上に金属の缶を置くと、革袋から汲んできた水を注ぎ、魔術炉を動かした。道具に込められた火の精霊術が働いて水が温められ始めた。
ルードは疲れた様子で床に敷かれている布の上に座った。
「食い物をやるぞ。リチャラワニの肉を焼いたやつがある。こっちのは名前は知らねえが、なんかデカくて凶暴な魚だ。この辺で手に入るもんよ」
饒舌なのは元からか、久しぶりに人と会ったからか。ルードは楽しそうに食糧を出して紙皿の上に並べてゆく。紙は遺物の紙束から比較的汚れていないものを選んで使っているようだった。
「ありがとうございます。でも、食糧はまだ手持ちがありますから、どうかお気遣いなく」
リフィトリアが申し出る。
「ああ、そうだったか。……あー、そしたら、何か甘いものとか持ってたりしないかね」
「甘いものですか?」
「もうずっとここにいるから、こいつらの肉ばっかりでな。地上の菓子が恋しくて。……いや! そりゃあ、物凄い貴重なもんだから、無理にとは言わん! いつ出られるか分からんのだからな、うん」
ルードが自らの言葉にかぶりを振ってこらえている。気丈に振る舞っているが、内心の圧迫感は想像を絶するのだろう。
「あの、桃の瓶詰めなら……」
リフィトリアが鞄から瓶を出しながら、ルミナの方を見た。それはカットした桃の蜜漬けだ。
ルミナは頷いた。そのくらいは構わないだろう。
リフィトリアが瓶の封を開けてルードに差し出すと、ルードは目を潤ませながら手を伸ばした。
「いいのかい……?」
「どうぞ」
「ありがてえ、ありがてえ……!」
ルードはまるで宝石でも受け取るかのように、両手でしっかりと瓶を持った。
涙を流しながら桃を食べ終えると、ルードは他に使えそうな小部屋を教えてくれた。
構造はルードの住処と似ているが、広さはこちらのほうが上だ。場所も近い。元々ルードが移り住もうと片付けていた場所らしく、簡単に清掃がされていた。
「時計は持ってるか? 朝になるまでは、あまり出歩かないほうがいい」
「地下ですし、朝も夜も変わらなくないですか?」
ルミナが疑問を口にすると、ルードは理由を教えてくれた。
「夜になるとな、昼行性の魔物が一気に増えるんだ。この地下水路がリチャラ高原とつながっているらしいという話は知ってるだろ? たぶん、明るいうちは外に出てる魔物が夜は地下に戻ってくるんだろうな。ここらに巣があるのかもしれん」
「なるほど」
ルードはネジ式の懐中時計を確認しながら言う。
「もうそろそろ魔物が増え始める。今日は部屋の防備に努めて、探索するなら夜が明けてからがいい」
「忠告ありがとう」
「じゃあ、俺は戻る。何か困ったら、いつでも言ってくれ」
そう言ってルードは自分の部屋へ戻って行った。
足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなってからルミナは言った。
「朝になったら帰ろう。それから、もうここには来ないほうがいい」
「それはちょっと、あんまりでは……。ルードさんも一緒に帰れませんか?」
「呼吸具は二つしかない」
「私のをルードさんと交代で使えば――」
「貸してる時に魔物に襲われたら?」
「それは……。では、一度帰って市販の呼吸具をたくさん買ってくるとか」
「わたしたちは運び屋じゃない」
「でも――」
「リーフ」
リフィトリアは優しい。だが、現実を知らない。
「リーフ、あなたにトレジャーハンターのことを教えるのが、今のわたしの仕事。だから、今から、とても大切なことを教える。よく聞いて」
「はい」
「物事の優先順位を、簡単に動かしてはダメ」
リフィトリアは何も言わず、じっと話を聞いている。
「一番は自分の命。これは絶対。でも、わたしはこの命を懸けるに値することが二つあると思ってる。ひとつは仲間の命のため。もう一つは、自分が決めた探索の目的のため。これは人によって違う」
「探索の目的……」
「リーフの目的は、歴史の手がかりを掘り出して先住民の人たちに返すこと。そう言ってたよね?」
「はい」
「さっき知り合ったばかりのトレジャーハンターを助けるためじゃない」
リフィトリアは何も言い返さない。ただ口を結んで悲しそうな顔をするだけだった。
「リーフはとても優しいと思う。それを責めるつもりはない。でも、どうしたって人助けには限度があるの。どうか分かって」
「はい……」
納得しているようには見えない。それでも理解してくれたら構わなかった。
「休もう。また長く泳がないといけない」
魔物の気配がしたらいつでも起きられるよう、壁にもたれかかって仮眠をとる。ルードが布の余りを貸してくれたので、それを床に敷いている。
ここまで良くしてくれているルードを置いていくことについて、心が痛むのはルミナも同じだ。
うつらうつらしていると、隣からリフィトリアが話しかけてきた。
「私たち以外の人がルードさんを助けてくれる可能性はないでしょうか」
「低いだろうね。ここへ来るまでにかなり分かれ道があったから、地図無しで辿り着くのは相当運が良くないと厳しい。さらにその人が大量に予備の呼吸具まで持っているかとなれば、もう望みはないかな」
実際、水路の中で溺死していたトレジャーハンターの横を通ってきたのだ。彼らは地図無しで潜水に挑み、彷徨ううちに呼吸具を使い果たしたのだろう。ルードがここに生きて辿り着いたのはかなりの豪運だったと言う他無い。
「ランドルさんならこの場所を知ってるけど、ルードさんが会ってないということは、ルードさんがここへ来たのはランドルさんが怪我で潜水を断念してからってことになる。ルードさんがここにいることを知ってるのは、わたしたちだけ」
「じゃあ、私たちが戻って管理組合に報告すれば可能性はありますよね。この付近にはめぼしい宝もたくさん残っています。来たい人もきっと多いはずです。地図も一緒に公開すればどうでしょうか?」
「まあ、確かにそうだけど……」
宝目当てに来る人が予備の呼吸具を持ってきてくれるだろうか。可能な限り荷物を切り詰めたい潜水の道だ。しかも、分け前を取られる相手を助けるためだけに。
あり得ない。それがルミナの感想だった。
「……うん、助けに来てくれる人もいるかもね」
それでも、ルミナはそう答えた。
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