第30話 遭難者(1)

 通路を進み、大水槽のある部屋まであと少しというところで、ルミナは足を止めた。

「どうかしましたか?」

 後ろからリフィトリアが尋ねてきた。

「何かいる」

 小声で呟く。

 ランプの灯りに照らされて影が見えた気がしたのだ。

「貸して」

 ルミナはリフィトリアから高熱ランプを受け取り、前方へ向けて照射した。

「うッ……!」

 今度はハッキリと見えた。

 強烈な光を浴びせられ、うめき声と共にサッと身を隠した人影。

「また亡者でしょうか」

「分からない。けど、違う気がする」

 亡者がこの程度の光に怯むとは思えない。このランプは高熱を持つが、さすがにこれほどの距離があれば皮膚を焼くことは無かっただろう。

「誰? 敵じゃないなら姿を見せて」

 ルミナが呼びかけると、人影が再び姿を現した。

「驚かせて悪かった。俺は人間だ。敵じゃない。あと、そのランプを消してくれないか。少しばかり眩しすぎる」

 強烈な光から目をかばいながら、男が答えた。

 ルミナは高熱ランプを消してリフィトリアに返すと、再び進み始めた。大水槽のある部屋まで出て男と並ぶと、その姿が明らかになった。使い込まれたリュックサックに探索用と思われる強化された服。腰には手斧がくくりつけてある。どう見てもトレジャーハンターだ。

「あんたらも探索か」

「ええ」

 男の風貌はかなり酷かった。

 赤とも黒ともつかない汚れが顔や髪にこびりつき、脂で固まっている。衣服も同じようなシミがこびりついている。何度も汚れては乾いたらしい形跡があった。さらに腰の手斧も刃が汚れている。

 これは血だろう。魔物とやりあった痕跡だ。かなりの数を倒していると見受けられた。

 五十歳ほどと見積もれたが、過酷な汚れのせいで一回り老けて見えているかもしれない。

「俺はルードだ。まさか、こんなとこで人に会うとは思わなんだ」

「ルミナです。わたしも驚きました」

「リフィトリアです」

 互いに簡素な自己紹介を終えると、ルードは大水槽に近づいて手に持っていた革袋いっぱいに水を汲んだ。

「あんたら、どうやってここに?」

「そこの水路を通って」

「だよなあ……」

 そう呟き、ボリボリと頭を掻きながら続ける。

「他の通路から歩いてきたのかと期待したが、そう都合よくはないか」

「どういうこと?」

「呼吸具を使い切っちまったんだ。帰りの残量は計算して進んできたんだがな、水中で魔物に追われて予定が狂ったんだ」

 ルードは荷物からバラバラと床に何かを散らした。人差し指ほどの茶色い筒だ。かなりの量がある。恐らく使い切りの呼吸具だろう。

 市場で魔術道具屋の店主が、流通している高性能品は一つで十回吸えると言っていたことを思い出した。

「そっから、もう丸一年くらいだ。まあ、正確にゃ分からねえがな。食糧も無くなったから、この辺りを見回りながら、魔物を狩って食ってる」

 そう言って、ルードは「へへへっ」と自嘲気味に笑った。

「あんたらもかね」

「それなら――」

 リフィトリアが何か言いかけたのを急いで止め、ルミナは答えた。

「そう。わたしたちも他の道がないか探してて」

「やっぱなあ。あんたらはまだ来て日が浅いと見えるな」

「そうね」

「そんじゃ、ついてきな。粗末だが、ねぐらを作ったんだ。ちっとはメシも分けてやれる」

 ルードは使い終えた呼吸具を足で散らし、歩き始めた。その背を見つめ、距離が少し空いたところでルミナは小声で言った。

「リーフ、わたしたちの呼吸具が使えることは絶対に言わないで」

「ルミナ、それは――」

「いいから。絶対に」

 リフィトリアは渋々といった感じで頷いた。

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