第28話 亡者(1)
生きた心地がしないまま泳ぎ続けた。ルミナは深い底から何かがこちらを見ている感覚を振り払うのに大変な苦労をした。恐れに気が散ってしまっては、警戒にノイズが生まれる。それが真に恐ろしいことだ。
幸い他の魔物に遭遇することなく、浮上ポイントへ辿り着いた。はやる気持ちを抑えて慎重に安全確認をしつつ、二人は水面から顔を出した。
「死ぬかと思いました……」
「わたしも終わったと思った」
「同じ道を通って帰るかと思うとゾッとしますね」
「そうだね……」
すぐ近くの壁に寄ると荷物を置き、床に腰を下ろした。決して安全な状況ではないのに、水から出たというだけで押し寄せてくる安堵感に抗えなかった。
「けど、亡者には会いませんでしたね」
「それだけは良かった。けど、ここからも油断しないで」
警戒しながら手早く着替える。ここからは歩いて移動だ。
少しの休憩を挟み、二人は歩き出した。
大水槽のある部屋からは複数の通路へと道が繋がっている。その中から、あらかじめ地図を見て決めてあった道を選んで進む。
地図によれば、この通路を抜けた先にはかつての倉庫だったと思しき部屋が複数あるのだそうだ。地図を譲ってくれたランドルも、まだ全ての部屋を調べ尽くしてはいないらしく、この先の地図は未記入のスペースが多い。
「ランドルさんが調べた場所も見直すんだよね」
「はい。多分ランドルさんはお金になりそうな物を優先して持ち出していると思うので、私が探しているような資料は残されているかもしれません」
「了解。じゃあ一番近いところから探してみよう」
通路を進んでいくと、壁際に複数の入り口が並ぶ空間に出た。この入り口一つ一つが倉庫のような部屋らしい。
居住区と比べると各入り口の間隔は広くとられており、各部屋の大きさを何となく見積もることが出来た。
二人は手近な入り口を選び、警戒しながら足を踏み入れた。
「これは、見て回るだけでもかなり……」
部屋は大きい。横幅もだが、奥行きもかなりある。多くの古い木箱が積まれており、かなりの物量だ。朽ち果てて崩れた箱も多く、多くの遺物が床に散乱していた。
ルミナは足元にあった紙を拾う。ボロボロで読み取れない。価値のつかない遺物と思われた。ざっと見回した感じでは、似たような物が多い。
「ここはランドルさんが見たところだね」
「はい。ですが、ほら」
リフィトリアが拾い上げた紙束は比較的状態の良いものだった。広げてみると文字も読み取れそうだ。知識のある者なら、ここから何かを得られるかもしれない。
「張り切って探しましょう」
「了解」
しばらく部屋を見て回り、状態の良さそうな紙束や文字の刻み込まれた金属片のようなものなどを大雑把に集めた。物の良し悪しは全くわからない。
散らかっている遺物は多かったが、その山から状態の良いものを選び取るのはかなりの労力を要した。部屋はここだけではないのだ。
「一応三日分の食糧は持ってきてるけど、一日で帰る予定は崩さないように」
「非常用ですものね。大丈夫です」
拾った遺物を鞄に詰めて、リフィトリアが立ち上がった。
「これは何十回往復しても終わる気配がないですね」
「ある程度は諦めることも大事だよ」
「そうですね。惜しいですが……」
その後、隣の部屋へ移って探索、またその隣と探索を続けた。ランドルが未探索の部屋では、古い宝飾品や硬貨なども見つかった。このために支払った帝国金貨五百枚と比べたら微々たるものだが、遺跡内で財宝を見つける喜びを久しぶりに思い出して、懐かしい気分になった。
ルミナは首にかけたお守りを握った。もしもここにメイベルがいたら、さぞ喜んだことだろう。
「ルミナ、そろそろ鞄がいっぱいです」
拾った宝飾品を手にしたまま物思いにふけっていると、リフィトリアから声がかかった。
「じゃあ、戻ろうか」
まだこの部屋には財宝が埋もれていそうだ。探索していない部屋も残っている。
リフィトリアが詰め込みきれなかった遺物を見ながら呟く。
「名残惜しいですね」
「欲張って死ぬのが一番まずい。また機会があれば来よう」
「はい。ですが、あの大水槽を抜けるのは気が滅入りますね……」
「ホントにね」
ランドルはあの道のりを何度も往復しているのだ。教わった情報にはなかったので、あのデカブツには遭遇しなかったのかもしれない。運のいいことだ。
「さて、戻ろう」
二人揃って部屋を出た時、ルミナは嫌な気配を感じて足を止めた。
「ルミナ?」
ルミナは後方にリフィトリアをかばうように立ち、ランプの灯りを強めて高く掲げた。
光の届くギリギリの範囲に、そいつはいた。
「亡者」
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