第26話 大水槽(1)
道具を揃え、情報を見直し、打ち合わせを繰り返し、水中行動の練習を続けること一ヶ月。二人は大水槽へ挑むことにした。
「色々と準備してきたけど、これでも十分とは言えない。今からでも止められるなら、その方がいい」
「忠告ありがとうございます。ですが、私の気は変わりません」
「トレジャーハンターらしくなってきたと思う」
準備は怠らない。だが、目指す宝のためならばリスクを冒す覚悟を持つ。トレジャーハンターらしい。
「じゃあ行こうか」
組合詰め所で記名を済ませ、遺跡へ踏み入る。
途中の道は慣れたものだ。今回は余計な消耗ができない。何度も同じ道を辿って、大水槽前まではリフィトリアが一緒でもスムーズに歩けるようになった。
無駄を排した動きで大水槽前に到着。すぐ準備に取り掛かる。
普段の探索着は畳んで防水鞄に収める。鞄の中身は最小限だ。水の中では邪魔になるし、持ち帰る遺物も入れなければならない。
服の下には予め潜水用の服を着ている。薄手で水の抵抗を減らしつつ、防寒も出来る。さらにある程度の衝撃緩和機能が魔術付与がされた優れものだ。加えて水中用のゴーグルも用意した。視界を明瞭にし、水の侵入を防ぐ。
どれも凄まじく高かったが、もう金額は問題ではない。
お互いの腰ベルトを頑丈な長い紐で結ぶ。万一にもはぐれないようにするためだ。
最後にリフィトリアが高熱ランプを手に取り、ルミナの方を見た。
「準備完了です」
「よし。じゃあ、事前に決めたように」
「はい」
二人揃って呼吸具を口にくわえ、水に入った。
音がくぐもる。気泡の昇る音がコポコポと響いた。
リフィトリアが高熱ランプを前方に投射し、進路を照らし出す。目指す穴は水底にぽっかりと口を開けていた。
穴の横に着くと、高熱ランプを照らしつつ、用心深く中を覗きこんだ。今のところ魔物の姿は見えない。
出発の合図を出すと、リフィトリアが先行した。事前に決めた通りだ。縦に並んでゆっくりと泳ぎ進む。
リフィトリアが前方を高熱ランプで警戒しながら進み、ルミナは後方を警戒する。通路幅には二人がすれ違える程度の余裕があるため、前方で問題が起きた時に入れ替わることも可能だ。その辺りも事前に地図を見て検討済みである。
唐突にリフィトリアが止まった。ルミナの方を向いて、顔を強張らせている。声を出すことができずとも、確かな緊張が伝わってくる。
リフィトリアがランプで照らす先を見て、合点がいった。そこにあったのは死体だ。
死体は男のようだった。目を見開き、洞穴のような口をぽっかりと開けたまま仰向けに沈んている。目立った傷はない。溺れたのだろうか。
近くには男の物と思われる鞄と、呼吸具らしき魔術道具が転がっていた。
先にルミナが出て、慎重に死体の様子を窺う。亡者であったら危険だからだ。しかし、その死体が動き出すことは無かった。
ルミナはリフィトリアに向き直り、首を振った。続いて前方を指差し、進行の合図を出す。リフィトリアは頷き、それに従った。
これはまだ序の口だろう。ひとつひとつ反応はしていられない。
そして、その予想は当たった。道中には同じように息絶えたトレジャーハンターらしき遺体が点在していた。そしてその多くは溺死とみられた。呼吸具の残量と引き際のタイミングを見誤ったのだろうか。特に真新しい遺体の苦悶の表情は見るに堪えなかった。
一体だけ、損壊の激しい遺体があった。下半身と右腕がない。どうみても何かに食いちぎられた痕跡を見つけて戦慄したが、幸い周囲に魔物はいなかった。
遺体との遭遇の他は何事もなく進んだ。途中でいくつかの分かれ道を見つけたが、無用な危険は冒さない。地図で検討されている道のみを選んだ。
リフィトリアが止まる。見れば、通路の出口に着いたようだった。
唐突に終わった通路の先は開けた空間になっているようだ。事前の情報通りならば、ここが別の大水槽である。
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