第25話 準備(2)

 商品を物色しながら通りを歩く。

 バネの仕掛けで射出する銛や、特殊な水の精霊術によって水中で抵抗無く振れるナイフなどを見かけたが、いずれも使用にかなりの訓練が必要そうということで見送った。

 なかなか都合の良い物はない。そう諦めかけた時、リフィトリアが何かを見つけて立ち止まった。

「あっ、ルミナ。あれは何でしょうか」

 リフィトリアが見ていたのは一つの露店だ。立派な木造の店舗の間に身をねじ込むようにして収まっている。破れかけたボロ布だけを地べたに敷いて店を出している。

「高熱ランプ」

 ルミナは置かれた商品に付けられた札を読んだ。添えられた値札には金貨二枚とある。なかなか強気の価格だ。

 見た目は手提げの魔術ランプとさほど変わりない。遮蔽板が下ろされていて光も灯っていないので、性能はまるで分からなかった。

 どんな品物なのだろうとルミナが考える間もなく、リフィトリアは店主に話しかけていた。

「すみません、これはどういった物ですか?」

「ああ? あぁ、こいつは高熱ランプだ」

 店主の男は眠そうな声で商品名をそのまま答えた。リフィトリアが話しかけるまで座ったまま眠っていたのかもしてない。

「普通の魔術ランプと違ってな、なんつうか、ものすごい熱いのよこれが」

「熱いとは、どのくらい?」

「光を浴びてると火傷するくらいだな。最初は冬の暖房にでもいいと思ったんだがよ、熱すぎるんだこれが。しかも調節できねえときやがる」

 店主はボリボリと頭を掻きながら独りごちる。とても売る気のある口上とは思えない。

「あんのやろ、失敗作のガラクタ売りつけやがってよ。酒に酔ってなきゃこんなもん買わなかったぜ」

 もはや商売文句ではなく単なる愚痴に変わってきた言葉を聞きながら、リフィトリアは答えた。

「買います」

 そう言って懐から金貨を取り出すと、店主は目を剥いた。

「お、お嬢ちゃん……ホントにいいのかい?」

「ええ。頂きます」

「ありがてえっ! 今月の飯代まるまる取られてどうしようかと思ってたんだ!」

「どうもありがとう」

 リフィトリアは丁寧に挨拶を済ませると、高熱ランプとやらを手に戻ってきた。

「それ大丈夫……? めちゃくちゃぼったくられてない?」

「ものは試しです」

「ものは試しで金貨二枚か……」

 ルミナが呆れると、リフィトリアは笑いながら言った。

「ついこの前、保証のない情報に金貨五百枚払ったところですよ。これくらい誤差みたいなものです」

 もう、ルミナは苦笑いするしかなかった。


 結論から言うと高熱ランプは使えそうだった。

 実際に目の前で点灯してみると、その凄まじい光量と熱量に目と肌が焼かれるかと思ったほどだ。しかも店主が言ったように光量の調節機能は無かった。

 ただし、遮蔽板を改造することで光の出口を絞ることは可能だった。これなら前方にだけ光を放射することができる。効果は大きくないが、特別な訓練も必要としない。及第点だろう。

 暖房器具としては使えない。改造無しでは照明器具としても使えない。熱を嫌う魔物を追っ払うことくらいならできそうだが、それならもっと別の魔術道具を買う人が多いだろう。ルミナたちのように特殊な条件のもとで探さなければ選択肢に入り得ない珍妙な道具である。

 そんな微妙な性能なので金貨二枚はかなり割高だというのがルミナの感想だ。

「どうしてこんな物を作ったのでしょうか」

「何か変わり種の魔術ランプを作ろうとして失敗したようにしか思えない」

「失敗作ですか……。でも、役に立ちそうで良かったです」

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