第24話 準備(1)
方法は分かった。次は訓練である。
ルミナとリフィトリアは大水槽挑戦へ向けて具体的な準備に入った。
まずは水中呼吸具を使ってみた。事故が起こらぬよう、最初は宿の風呂場でお試しである。
大浴場を貸し切り、巨大な湯船の中で二人向かい合って呼吸具を口にくわえると、身を屈めて水に潜った。
素っ裸で緑に光る棒きれを口にくわえたリフィトリアの姿はあまりにも新鮮で、ルミナは吹き出してしまった。別ににらめっこをしていたわけではないのだが。
呼吸具の性能は予想以上だった。地上にいるのと変わらず、しっかりと息が吸えた。
すぐに使い方にも慣れ、浴槽内を自由に泳ぎ回ることができたので、近場の池など広くて深い場所でも練習を続けた。
呼吸具への慣れと並行して進めねばならないことがあった。水中での意思疎通と、戦い方だ。
意思疎通はハンドサインを使うことにした。様々な場面を想定して意見を出し合い、サインを決めた。
問題は戦い方である。
ルミナは精霊術を使えるが、水中で使えるものは限られる。得意な火と風はほとんど無効だし、雷は自滅につながる。いろいろと試行錯誤して、氷や水を主体にすることにした。
問題はリフィトリアだ。水中では得意の拳銃が使えない。
「私も魔術を覚えられたら良かったのですが」
「付け焼き刃で出来るものじゃないから、余計な気を回す必要は無い」
「それなら、何か私でも使えそうな魔術道具を探してみましょう」
ダスラはトレジャーハンターの町。当然、探索用品も多く売られている。
二人はダスラの大通りへ出た。魔術道具の店は多いが、露店から立派な店舗まで規模は様々だ。ひとまず大きな店から当たることにする。
ルミナが重たい木の扉を開くと、扉に取り付けられた入店のベルが鳴った。
「いらっしゃい」
店主の中年男はルミナを一瞬だけ見た後、すぐリフィトリアへ視線を移した。こんなに身なりの良い客は珍しいことだろう。
魔術道具全般を取り扱う店だった。店内の商品に統一性は無く、雑多な品物が所狭しと並んでいる。明らかな武器から、衣類、雑貨、何でもありだ。
「何をお探しで?」
他に客は無く、店主はすぐにルミナたちの方へ寄ってきた。
「水中で役立つ魔術道具を探してるの。武器、防具、他にも使えそうな物なら何でもいいんだけど」
「水中……?」
店主は顔を曇らせた。
「あんたらも水槽に潜るつもりか」
さすがに察しがいい。ダスラでこんな注文をすればこうなるのも当然の注文ではある。
「止めとけ。そんな良いモンはねえ」
「予算の心配でしたら必要ありません」
リフィトリアが前に出るが、店主はすぐに断った。
「そうじゃねえ」
店主は接客する気を無くしたようで、ルミナたちから離れてカウンターの奥へ引っ込んでしまった。椅子に腰掛けて言う。
「ったく、水槽抜けに成功したって話が出てから、あんたらみてえな客が多くて困るぜ」
「繁盛するし、いいんじゃないの?」
「最初は俺もそう思ったがな。うちの店で買い物してったやつが続々と名簿に行方不明やら死亡やらの印を付けられてみろ、寝覚めが悪いんだよ。おまけに店の評判も落ちるってもんだ。うちの商品にゃ、なんの問題もねえのによ」
店主はカウンターの奥で散らかっている品物の片付けをしながら愚痴を吐き続けた。
「トレジャーハンターってのはその手の情報に敏感だからな。何故かそういう話は広まるもんだ。こないだ死んだあいつは、どこそこの店で買った何やらの道具を持ってったらしいとかな」
そう言われるとルミナも黙るしか無い。実際、信頼の置ける探索用品を探すときは店の評判も気にするものだ。過去に自分も口コミを参考にしたことがある。
「ここしばらく一番の売れ筋は水中呼吸具だった。なんと十回も吸える高性能品でな。北本島の漁師が使うプロ仕様よ。わざわざ取り寄せてたんだが、もう取り扱いを止めたよ」
皆考えることは同じらしい。しかし十回吸えて高性能となると、ルミナたちが譲り受けた道具の凄さがより際立つ。この道具のことは秘密にした方がいいだろう。
「そう、じゃあ仕方ないか」
「悪いな」
二人は買い物を諦めて店を出る。
「店構えが小さいところを探してみよう。立派なところは体面を気にするけど、小さいところは売れれば何でもいいって所が多いだろうからね」
「思ったよりも多くの人が同じことに挑戦しているのですね。そして……」
「そういうもんだよ。だから念入りに準備しないとね」
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