第23話 取引(2)
「さて、道具と地図は済んだな。あとは何だったか」
「潜った先にいる魔物について教えて」
「ほとんどは浅いところにいる奴らと変わらねえが、亡者の数が多めだな。まあ、人の出入りがねえってのはそういうことだ」
リフィトリアが苦々しい表情を見せた。古い帝国の恐るべき死霊術。各地にばら撒いた負の遺産。この地を滅ぼした力であり、リフィトリアの先祖が使った兵器。
「水の中でも亡者は襲ってくるからな。お前らの得物は何だ?」
「精霊術」
「私は拳銃です」
「拳銃は水の中じゃ無力だな。魔術は使えるが、縛りがきつい。亡者は焼くのが一番だが、火が使えねえ。雷もダメだ、水中じゃ自分が巻き添えになる。そこんとこは対策を考えときな」
「分かった。ありがとう」
話が一区切りついたかと思った時、ランドルは思い出したように言った。
「ああ、そうだ。亡者と言えば少々厄介そうなヤツがいた」
「厄介そう?」
「トレジャーハンターの亡者だ」
ランドルの答えに、リフィトリアが疑問を呈した。
「トレジャーハンターの亡者? なぜでしょうか、死霊術が戦争に使われていたのは遥か昔のことです。後世に活動を始めたトレジャーハンターがどうして亡者に?」
「死者を亡者に変える魔術兵器がどっかで生き残ってるかもしれねえ。実際、帝国軍ではそういう物が使われてたって話を聞いたことがある」
背筋が凍るような話だった。遺跡に挑んで命を落とすトレジャーハンターは多い。しかし、死後の肉体をそのような形で蹂躙されるなどたまったものではない。
「そうしてそんなこと……」
リフィトリアが絶句する。
「殺した敵兵をどんどん亡者に変えていけば圧倒的に有利だろ」
合理的だが、倫理観を徹底排除した戦い方。かつての帝国がどれほど非道なことをしてきたのかよく分かる話だった。
「亡者になって永遠に地下をうろつきたくなけりゃ、死なねえように気をつけな」
リフィトリアが青い顔で頷いた。ルミナも次いで頷いた。誰だってそんなのはごめんだ。
「さて、これで大体話したな」
ランドルが長い息を吐いて背もたれに寄りかかった。
「なあ、俺からも一つ聞いていいか」
「はい、何でしょうか」
「俺が嘘をつくとは思わなかったのか? もちろん、今俺が話したことも地図の内容も全て本当だ。だが、誰も真偽を確かめようながない情報だ。なぜ信用した? 金貨五百枚だぞ。あんたが大公令嬢だとしても、端金じゃねえはずだ。しかも相手は初対面。騙し取られるとは思わなかったのか?」
全くもってその通りだ。
ランドルの真剣な質問に対し、リフィトリアの答えはとても単純なものだった。
「ランドルさんが本気で怒ったからです」
「何?」
「貴方の努力と執念に値段をつけようとした時、貴方が本気で怒ったからです」
組合の詰め所で初めてランドルと会った時のことだ。凄まじい威圧感でリフィトリアに迫った立ち姿は記憶に新しい。
「この取引がランドルさんにとって苦渋の選択であったことは承知しています。怪我のことがなければご自分で探索を続けていたのでしょう。そこにつけ込むような形で成果を買い取った非礼をお詫びします」
「……謝るんじゃねえ、金は貰ったんだ」
ランドルは金貨袋を見た。パンパンに膨れた五百枚の金貨袋。
「ダスラの地下水路はまるで迷宮だ。誰も全容を知らねえ。だから今も新しい道が続々と見つけられている。俺は俺にしか行けない方法で道の一つを独占したが、誰かが別のルートを見つける可能性は常にあった」
多くの場合、誰かが通った後に目ぼしい宝は残されない。共用の地図に道が書き加えられるのは、先駆者があらかた探索を終えてからだ。
「だから焦った。他のやつらが道を見つける前に、俺は宝を取り尽くす。だが――」
ランドルが自分の膝に目を落とした。
「歩けるようになってからは毎日遺跡へ足を運んで、大水槽の前で迷って引き返す。馬鹿みたいな日々だったが、それも今日で終いだ」
「これからはどうされるのですか?」
「トレジャーハンターは細々続けるさ。金貨を抱えて隠居ってガラでもねえし、これ以外の生き方を知らねえからな。あまり無茶な探索はできねえが、まだまだ雑魚には負けねえ。ただ、そうだな――」
金貨袋を持ち上げ、ジャラジャラと振りながら言う。
「いつも飲んでる酒を、ちっとばかし高いやつに変えるとするか」
話し終えると、ランドルは金貨袋をリュックサックに詰めて立ち上がった。
「じゃあな。またどこかの遺跡で会ったらよろしく頼むぜ」
「元気で」
「ありがとうございました」
ランドルが宿から出ていくのを見送った。
リフィトリアの突飛な提案から始まった大取引だった。金貨五百枚のやり取りなど今後見る機会はあるだろうか。ルミナはそう思った後、リフィトリアのパートナー代金が同額であることを思い出した。
「ルミナ」
「何?」
「トレジャーハンターは一攫千金、人生逆転がゴールなのだとルミナは言いましたが、どうやら必ずしもそうとは言い切れないようですね」
「……かもね」
金稼ぎの手段ではなく、生き様。そういう者もいる。それがよく分かる一件だった。
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