第22話 取引(1)
ランドルとの交渉後、宿へ戻って直ぐに手紙を出した。伝書屋の鳥に運ばせるので、さほど時間はかからない。
使用した伝書屋も、各都市に置かれたネレド家配下の店だ。盗み見の心配はない。
手紙を出した日の夜にはネレド家の遣いが宿を訪ねてきた。恐るべき早さだった。
遣いが乗ってきたのは馬ではなく、調教された砂トカゲの魔物だった。砂漠地域の国原産で、とても足が速い。しかし、調達が極めて困難なことで有名である。これもまたネレド家のちからの一端を示す出来事だった。
「さて、明日の朝にはランドルさんがいらっしゃいます。その前に中身を確認しておきましょう」
部屋の机にはズシリと重い金貨袋が五つ。一袋に金貨が百枚入っている。
この袋一つあれば、平民が十年近く食っていける金額だ。ルミナは苦笑いするしかなかった。
翌朝、宿のロビーにランドルが訪れた。荒々しいトレジャーハンターの典型のような風貌が高級な宿の景観に浮きまくっている。
「お待ちしておりました」
「ああ……」
落ち着きがなさそうにキョロキョロとしながら、ランドルは案内された椅子にかけた。
ルミナとリフィトリアも机を挟んだ向かいに腰掛ける。
「まずはこれを」
リフィトリアが机の上に金貨袋を並べた。
ランドルが息を呑む音がした。
「どうぞ、中を改めてください」
「あ、ああ……」
ランドルは袋の紐を解き、中身をざっと確認した。中身に問題がないのはこちらも確認済みだ。
「確かに」
「では、お話しをしていただけますか」
ランドルは大きく息を吐き、言った。
「分かった。約束だ」
そう言って、ランドルは年季の入ったリュックサックから一枚の耐水紙を取り出して机に広げた。
「地図だ。あの大水槽から先の様子を記録してある」
ランドルの厳つい外見とは裏腹に、地図はかなり几帳面に描かれていた。注釈の文字も丁寧である。
「ここが、あの大水槽の底にある抜け道だ。潜って抜けると、別の大水槽に出る。こっち側よりも遙かにデカくて、深い」
ランドルが地図上の水中通路を指でなぞりながら説明した。
「結構長いね」
「息を止めて行くのはまず無理だ。だから道具が要る」
続けてリュックサックから取り出したのは不思議な筒状の物体だった。長さは掌ほどで、太さはルミナの親指ほどだ。机に置いたときの音は硬質的だったので硬そうだ。筒自体の色は透明だが、内部は緑色に発光している。
同じ物を二つ机の上に並べるのを待って、リフィトリアが問うた。
「これは?」
「水中で呼吸が出来る魔術道具だ。風と水の精霊術が複雑に組み合わされているらしい。水の中から上手く風を取り出して……とか難しいことを言ってたが、仕組みについては聞くな。俺にも分からん」
「素潜り漁をする人が似たような物を使うことがあるって聞いたことはあるけど」
「そんなのもあるな。魔術の仕組みが同じかは知らねえが、そこらに売ってる物とは性能は比べものにならん。漁師が使うやつは三回か四回息が吸える程度らしいが、こいつなら一回の潜りで千回は余裕だ」
本当ならば驚くべき性能だ。
魔術道具を指でトントンと叩きながらランドルが言う。
「ホーンランドの凄腕職人が作った代物だ。帝国じゃ手に入らねえぞ」
遠い西の果てにある島国の名前だった。
「その職人が自分用に作ったが、もう不要になったとかで譲ってもらえた。予備も合わせてちょうど二つある。商売っ気の薄いやつだったから、金出せば作ってもらえるモンでも無かっただろうな。それを金で買えるんだから、お前ら運がいいぜ」
金貨五百枚も出すのに運がいいも何もあるかと返さないだけの分別はルミナにもあった。
「どうやって使えばいいのですか?」
「こいつを口にくわえればいい。口から空気を吸える。力が弱まってくると緑色の光も弱くなっていくから、残り時間の目安にしろ。消耗した後は水から出して空気に晒しておけば復活する」
聞く限りは簡単だった。何度か訓練すれば使うのに支障はないだろう。
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