第20話 金ならある(1)
翌朝、朝食を食べながらルミナは今後の方針についてリフィトリアに尋ねた。次の遺跡へ行くのか、まだダスラの地下水路に挑戦するのか決めなければならない。そしてリフィトリアの返答は驚愕すべきものだった。
「ルミナ、あの大水槽の奥へ行ってみましょう」
ルミナは口に含んでいたスープを吹き出しかけた。リフィトリアは何を言っているのだろうか。
「本気で言ってる?」
「はい。まだ多くの人が見ていない場所ならば、重要な記録が残っているかもしれません。ルミナにとって価値のある財宝も残っているかもしれませんよ」
「それは分かるけど、人が行かないのにはそれなりの理由があるわけで」
「はい。極めて困難な道なのは分かります。ですが、通った人もいるのですよね。先人に方法を習うことは出来ないでしょうか」
「先人か……」
組合のゴドに聞けば教えてくれるだろうが、その先人が潜り方まで教えてくれるとは限らない。自分だけが方法を独占していれば奥の財宝は独り占めできるから、当然のことだ。
「まあ、ダメで元々か」
「では」
「聞くだけ聞いてみようか」
ゴドはリフィトリアの提案に呆れ果てながらも先人の名を教えてくれた。そのトレジャーハンターはダスラの地下水路をほぼ専門として潜り続ける手練れの男であり、この町に家まで建てているらしい。
「多分、今日も来るぞ」
その言葉通り、男は午前中に詰め所を訪ねてきた。
手入れ不足なボサボサの髪と髭は遺跡探索一筋の表れ。肌に刻まれた多くの傷は苦境を超えてきた証だろう。年季の入ったリュックサックも補修の跡が目立つ。
男はゴドに記名を依頼していた。ルミナはこっそりと安否確認名簿へ目をやる。どうやら「ランドル」と言う名前らしい。
記名後、早々に出て行こうとするランドルに、ゴドが言う。
「ランドル、お前に客だぞ」
ゴドがルミナたちの方を顎でしゃくり、ランドルがルミナの方を向く。
ジロリとした眼差しには明らかな苛立ちを感じるが、荒事だらけのトレジャーハンター業である。こんなもの、ルミナには慣れっこだ。
「突然呼び止めてごめんなさい。どうしても話がしたくて、少しだけ時間いい?」
「嫌だと言ったら?」
「相応の金銭を支払います」
前に出たのはリフィトリアだった。
「ですから、どうか」
ランドルはリフィトリアをじっと見たが、リフィトリアは引かない。
「いいだろう。要件を言え」
手近な椅子を引き寄せ、ランドルはどっかりと腰を下ろした。
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をしてから、リフィトリアは直ぐに本題へ入った。
「貴方が探索に成功したという大水槽の奥についてお話を伺いたいのです。より具体的には、潜水に使った方法、必要な道具、水路奥の構造、魔物の有無や種類、その他の注意事項等。大水槽奥の探索に必要な様々な知識をご教示頂きたく」
「ナメてんのか」
「いいえ」
ランドルがタバコを取り出して火を点ける。
深く吸って、煙を吐き出してから続けた。
「当然、地図は見ただろ」
「もちろんです」
リフィトリアはあらかじめ借りていた地下水路の地図を広げ、該当箇所を指さす。大水槽底の道から先は空白だ。
「あの水槽の底にある道から先は不明なままです。貴方は管理組合に情報を提供していません」
「なら分かるだろ。教える気はねえんだよ」
「それは情報提供によって組合から得られる報酬よりも、水路の奥から得られる収穫のほうが上回るという確信があるからですよね」
ランドルがリフィトリアを睨みつけた。
「貴方は何度か大水槽の先を探索していると伺っています。恐らく、一度ではとても持ち帰りきれない収穫に目処がついている」
「ああそうだ」
「いくら出せば教えてくれますか?」
「は?」
リフィトリアの顔は大真面目だ。
「貴方は熟練のトレジャーハンターです。あの奥から得られる収穫について、おおよその見積もりはできているのではないでしょうか」
「何が言いたい」
「それを上回る金額を出せば教えてくれますか?」
ランドルが立ち上がってリフィトリアに迫り、見下ろした。大きい。こうして並び立つと凄まじい威圧感だった。それは単に背丈の差だけでなく、くぐり抜けてきた死線の差をも感じさせた。
それでもリフィトリアは目を逸らさなかった。
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