第18話 理由(1)

 二人は危なげなく遺跡の入り口まで帰り着いた。リフィトリアは帰り道を覚えていなかったらしく、ルミナがいなければ遭難していたところだ。

 遺跡へ入ったのは昼頃だったが、外はもう日が沈んでいた。ずっと暗がりにいると時間感覚も失われやすい。

 組合の詰め所で帰還報告を済ませ、二人は宿へ戻った。

「何だか戻ってきたらどっと疲れが押し寄せてきました」

「緊張してると分かんないもんだよね」

 泊まった宿はダスラで最も高級を自称するだけのことはあった。

 個室についた風呂は悠々と足を伸ばせるほど広かったし、ベッドは雲の上にいるかのような心地だった。部屋もトイレも清掃が行き届き、非の打ち所がない。

 当然警備もしっかりしている。治安の悪いダスラではこれも大きなポイントだ。

 バロウズの宿ほどの規模感はなかったが、質では何も劣らない。素晴らしい宿だった。

「もう普通の冒険には戻れないな……」

 風呂上がり。ルミナはふかふかのベッドで仰向けになり呟いた。

「普段泊まっていたのはどんなところだったのですか?」

「比べ物になんないよ。風呂は無いし、窓が割れてたり壁に穴がありてたりするし、雨漏りするし、トイレは汚物の沼みたいだし、宿の従業員は平気で客の荷物盗むし、客同士の喧嘩で流血沙汰なんてしょっちゅうだし」

「そんなことが……」

「知らない世界でしょ? 余裕があるときはもっとマシなところに泊まるけど、当たりが全然なかった時はそういうとこに泊まるか、野宿だったかな」

 リフィトリアは一生見ることのない景色だろう。

「トレジャーハンターってのは一発逆転でそこから抜け出したくてやるもんなんだよね。大成功を収めた末に待ってるのが、この宿に泊まれるような生活ってこと。つまり今のわたしたちはすでにゴール地点にいるわけ」

 だからこそルミナはリフィトリアの行動が理解できない。冒険譚を読んでいたら気まぐれでトレジャーハンターをやってみたくなった。そこまでは分かる。金持ちの道楽と考えれば済む話だ。しかし、リフィトリアが目指しているところはもっと他にあるようだった。

「私のゴールはどこにあるのか、まだよくわかりません」

「どういうこと?」

 リフィトリアは鞄の中から、紙束を取り出した。カビと汚れに塗れた遺物。今日の探索で唯一持ち帰った物だ。

「それがどうかしたの?」

「今日、私たちが入ったあの部屋はとても浅いところにありました。これまでにたくさんのトレジャーハンターが訪れたことでしょう」

「だろうね」

「ですが、これを拾う人はいなかった」

「まあ……わたしでも拾わないかな、それは」

 リフィトリアは目を細め、悲しそうな顔をする。ルミナから見れば何の価値があるのかわからない紙束の端を、花でも愛でているかのように指先でなぞってゆく。

「それはやはり、これには売れる見込みがないからですよね。私が今朝買ったものと同じように」

「そうだろうね。トレジャーハンターの目的は大体お金だから」

 宝を欲する理由など、金に決まっている。だから大当たりを引いて一生食うに困らなくなったら引退するトレジャーハンターも多い。遺跡へ潜れば必ず命の危険がある。金があっても命を失ったら元も子もないからだ。

 ならば、一銭にもならない物を命懸けて持ち帰ることにはどんな理由があるのか。

 ルミナは改めてリフィトリアを見る。このご令嬢がトレジャーハンターになりたい理由は何だろうか。

 冒険譚に憧れた金持ちが気まぐれを起こしただけ。これまではそう納得してきた。しかし、今のリフィトリアの様子を見ていると、どうやら違った気配がする。

「リーフって、どうしてトレジャーハンターになろうと思ったの?」

 リフィトリアは少し黙考してから答えた。

「ルミナはこの土地がまだアルキャロという国だった頃、どんな文化を持っていたか知っていますか? 帝国に侵略されるまで、どんな人々が住んでいたのか知っていますか? 例えば、国民の信仰の対象はどんな存在だったか知っていますか?」

「えっ? ええっと、なんか二つの神様を崇めてたってことくらいしか」

「それはどのような神様か分かりますか? どんなお祭りがあったか知っていますか?」

「いや、分かんない」

「よく食べられていた料理は知っていますか?」

「知らない」

「どんな政治が行われていたか」

「知らない」

「子どもたちがどんな遊びをしていたか」

「さあ……」

 リフィトリアはさらにいくつかの質問を重ねたが、ルミナはそのどれにも答えられなかった。

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