第17話 ダスラの地下水路(4)

 その後、居住区を歩き進んだ。魔物の脅威を身を持って知ったリフィトリアは警戒の感度を高め、きっちり水路から距離をとって気を張っている。

 魔物はこちらの隙を見て襲ってくる。辺りに気を張るだけでも敵は手を出しにくくなるものだ。

 広大な居住区を進むうちに、壁際に階段を発見した。階段は下へと続いている。

「進む?」

「はい。もちろん」

 階段を降りながらリフィトリアが言った。

「さっきの魔物はリチャラワニなんですよね」

「そうだよ」

「それって、リチャラ高原にいる魔物ですよね」

「そう。だから、リチャラ高原の遺跡とここは繋がってるんじゃないかって言われてる」

 リチャラ高原には大きな湖がある。リチャラワニを筆頭に魔物が多く生息する湖だが、湖には遺跡もあるのでトレジャーハンターたちは危険を覚悟で日々探索に漕ぎ出している。

 今のところこの遺跡とつながるルートは見つかっていない。しかし、未知のルートを見つけられたらさらなる探索が捗るだろう。

「いつかそっちにも行ってみたいです」

「そのうちね」

 そんなことを話しながら、二人は階下に辿り着いた。そこにも上階と同じように並ぶ多くの部屋が見える。ここも居住区だ。しかし、ここの部屋は上階と様子が異なった。

「さっきの所よりも部屋が広いですね。部屋数も多いですし」

「身分によって分けられてたんじゃないかとか言われてるね」

 これまでに見つかった居住区に共通して言えることは、下層ほど部屋の作りが贅沢になっているという点だ。それを裏付けるように、宝飾品などが見つかるのも下層が多い。

「だからみんな貴族階級の居住区を探してる。まだそれらしい場所は見つかってないけど、最初に見つけられたらすごいお宝があるかもね」

「なるほど……」

 さらに階を下ると、大きな変化があった。

「ランプがなくなりましたね」

 組合が設置してくれていたランプが無くなった。ここからは自前の灯りだけが頼りだ。

「引き返す?」

「いいえ」 

 リフィトリアはそう答え、ランプの光量を強めに調節し直す。

「進みます」


 いくつもの階段を経て、何度も道を折れ曲がり、分かれ道を悩みながら選び、二人は進んだ。途中で何度か魔物に遭遇したが、リフィトリア一人でも落ち着いて対処出来た。

「弾はまだある?」

 休憩中、ルミナは弾込めするリフィトリアに聞いた。

 たった今、水路から飛びかかってきた巨大なカエルの魔物を倒したところだ。図体の割にすばしっこく、弾を当てるのに苦労していた。

「はい。たくさん持ってきましたから」

 そう言いながらシリンダーに弾を込める姿はなかなか様になっていた。腕前を自慢するだけのことはある。魔物に慣れさえすれば、思ったよりも心配しなくてよさそうだった。

 ただ、リフィトリアが撃ちまくっている弾丸は一発がとても高価だ。金の心配が不要な相手だと分かっていても、銀貨をばら撒くような戦い方を目の前で見せられるとハラハラしてしまう。


 その後も順調に足を進め、分かれ道にさしかかった。

 正面には水路から水が流れ込む大きな水槽があり、道は水槽に沿うようにして左右に分かれている。

 一見するとただの丁字路だが、実は正面にある大きな水槽も進路の一つだ。

「あれ、見える?」

 ルミナはランプの光量を最大に引き上げ、水面に向けてかざした。

 よく見れば水槽の底に穴が空いている。水の透明度が高いからなんとか見えるが、かなり深い。

「あそこ通れるんですか?」

「通った人はいる」

「すごいですね……」

「別の水槽に辿り着くらしいけど、さすがに怖くてわたしはやってない」

 ルミナはランプの光を戻し、リフィトリアに尋ねた。

「さて、こっからどうする? この辺りからは亡者が多く出るから進むのはオススメはしないけど」

「亡者?」

「死霊術で作られた動く死体」

 リフィトリアの顔がこわばる。さすがに死霊術と聞けば分かるだろう。

「死霊術……」

「そう。今の帝国では禁じられてる魔術。リーフは歴史に詳しいみたいだから、ここにそんなものがいる理由は分かるよね」

「はい。昔の帝国が他国を侵略するため積極的に使っていましたから」

 世界中で忌避されている魔術の一つ、死霊術。

 死霊の力を借りて超常を引き起こすこの術は、死体を傀儡として自由に動かしたり、霊魂を縛り付けて使役したり、嘘か誠か自らを不老不死の身体へと変貌させたりと忌まわしい力を持つとされる。

 昔、帝国では死霊術の研究が盛んに行われていた。死霊都市なる研究特区まで設けられ、日夜生命倫理に反したおぞましい探求が進められたのだという。

 そうして生まれた疲れも痛みも知らない不死の戦士。それは戦争に大いに役立ったが、死なないということは一度放てば排除も困難であることを意味した。

 帝国が残した負の遺産。それは今でも世界中に蔓延って各地に危険を撒き散らし続けているのだ。

「帝国が死霊術を禁じてから二千年も経つけど、まだ残党が今も遺跡をウロウロしてるわけ。魔物より厄介なやつも多いから、できれば会いたくないよね」

「ここまでは出会いませんでしたが」

「会うときは会うよ、浅いところでは少ないだけ。他のトレジャーハンターや組合が倒してくれてるおかげかな。だから、どうしても深く進むほど出てくるようになる」

「なるほど……」

 人の手が多く入った場所ほど安全になってゆくが、それだけお宝も取り尽くされている。当然のことだ。

 リフィトリアは水底の穴を見ながら何か考えている様子だったが、しばらくそうした後に答えた。

「分かりました。帰りましょう」

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