第16話 ダスラの地下水路(3)
水の流れる方向に沿って通路を進む。水からは距離をとって、壁際を歩いた。
しばらく歩くと、壁面に変化があった。壁に四角い穴が空いているのだ。穴の大きさは大人が余裕を持って通れるほど。それが等間隔でいくつも並んでいる。
穴の一つを覗き込む。ランプを掲げて中を照らすと、そこは部屋になっていた。
「これがいわゆる居住区ですね?」
「そう」
「地下水路は地下都市と言われる理由が分かりました。確かにこれは家に見えますね」
地下の巨大な集合住宅だ。本当に家だったのかはわからないが、トレジャーハンターたちの間では居住区という名前で通っている。
「入ってみても大丈夫ですか?」
「もちろん」
魔物に警戒しつつ、慎重に部屋へと入る。
部屋の中には朽ちた木屑などが散らばっている。石壁には窪みが複数あった。手の届きやすい位置に並ぶそれらの窪みは棚のようにも見える。
「部屋の中まで水が通っているのですね」
台所のような空間や、トイレと思しき小部屋が隣接している。通路に並んでいた各部屋にこれらの設備が全て揃っていると考えると驚くべきことだ。
「これ二千年以上前の遺跡だって考えるとすごいよね」
「そうですね……」
帝国がこの地を攻め落としたのは遥か昔、二千年以上も前のことだ。
同じようなことはここ以外の土地でも起こっている。当時の帝国は圧倒的な軍事力を背景に各地を侵略していた。帝国本国がある中央大陸全土を支配するだけでは飽き足らず、こうして海外の島国や他の大陸にも積極的に攻め入り、多くの国々から全てを奪い尽くした。
「さて、折角来たんだから少しは探していこうか」
「はい!」
荒れた部屋の中で瓦礫を退かしつつ遺物を探す。もっとも、こんな浅い場所にめぼしい物が残っていないことくらいルミナは承知の上だ。これもリフィトリアのトレジャーハント体験の一環である。つまり仕事だ。
ルミナが何となく探すポーズだけとっていると、リフィトリアが声を上げた。
「あ、見てください!」
興奮気味に言うリフィトリアの手にはボロボロの紙束があった。破れた本のようなそれは慎重に持たなければ崩れてしまいそうな物である。
「何でしょうかこれは」
ランプの前にかざしてみるが、紙面に書かれた文字は読み取れない。あまりにも保存状態が悪すぎる。
「昔の文書っぽいね。内容は読めないけど」
「こんな浅いところにも残されているんですね」
「どう見ても売れそうにないからね。こういうのはそこらにあるから、珍しくないよ」
リフィトリアが露店で買った物の方がかなりマシに見えるほどだ。このレベルの残り物ならば探せばいくらでも見つかるだろう。
「そうですか……。でも、私は持って帰ります。大事な遺物です」
リフィトリアは紙束が破れないよう、丁寧に鞄へとしまった。
部屋の探索を終えて二人で部屋を出た時、ルミナは前方に気配を感じて立ち止まった。
「どうしたのですか?」
「魔物」
暗がりの中、水路のこちら側の岸で水面が揺れた。それはザパリと水音を立てて身体を水の上に持ち上げてきた。
巨大なワニのような生き物。ぬらぬらとした黒い鱗が弱いランプの光を鈍く照り返す。半開きにした口の中には牙が生え揃っている。鋭い爪の生えた四つ足で歩み出すと、鼻先からポタポタと雫を垂らしながら、魔物はゆっくりとこちらを向いた。
「リチャラワニだ。倒すから下がってて」
ルミナは指示したが、リフィトリアは下がらずに答えた。
「私にやらせてもらえませんか?」
ルミナは迷ったが、許すことにした。この魔物は水路の浅い場所でもよく見かける種類だ。一人で倒せるようになっておいたほうがいい。もしリフィトリアが仕留め損なっても、ルミナならば難なく対処できる。危険はないだろう。
「分かった」
ルミナは魔物から視線を外さないようにしながら一歩下がり、代わりにリフィトリアが前へ出た。背中から緊張が伝わってくる。しかし、銃を構えた手に震えはない。
魔物はルミナからリフィトリアへ視線を移したようだ。飛びかかりの体勢をとっている。
先に動いたのはリフィトリアだった。右手の銃を発砲。直後、鮮烈な翠の輝きが走って魔物の尻尾が千切れ飛んだ。風の精霊術で強化された弾丸のようだ。前回と違い、きちんと道具選びができている。
魔物は負傷しながらも諦め悪く飛びかかってきた。牙の並んだ顎が迫る。しかしリフィトリアの視線はブレない。
二度目の発砲。今度は開かれた口内へ的確に入った。上顎もろとも頭部が吹き飛び、血肉をぶちまけた。
リフィトリアは飛び退り、突っ込んできた敵の死骸を難なく避ける。
魔物は石の床に倒れ伏し、動かなくなった。
「やりました! どうですか? 慌てさえしなければ私だって――」
リフィトリアの言葉を遮るように、二匹目が現れた。水中からの跳躍、リフィトリアの背後をとっている。完璧な不意打ちだ。ずっと隙を伺っていたのだろう。
迫る顎。リフィトリアが口を開けたまま呆然と立ち尽くす。銃を構えることも逃げることもできないようだ。飛来する敵を前に、ただの獲物と化している。
ルミナは魔術を行使した。強力な意志が大気の精霊に願いを伝え、望んだ現象を呼び起こす。精霊術だ。
鋭い風の刃が発生し、魔物の身体を一瞬にして両断した。
暴風に押されるまま、真っ二つになった敵の死骸は水路へと落下。大きな水飛沫を上げた。ひっくり返った死骸は水の流れに乗って遠く暗がりの中へと消えていった。
「油断しないこと」
「ル、ルミナは分かってたんですか……?」
「まあね」
このくらいなら気配で分かる。むしろ、この程度が予期できなければトレジャーハンターとして生き残るのは難しいだろう。
リフィトリアはがっくりと肩を落とした。
「私はまだまだですね……」
「最初はこんなもんだよ」
「ありがとうございます。精進します」
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