第14話 ダスラの地下水路(1)
石造りの簡素な建屋。何の飾り気もない、灰色の箱と言ってもいい。大きさは標準的な民家ほど。出入り口として設けられた鉄扉は開放されている。誰でも自由に入るとこが可能だ。
「入る前に、ちょっといい?」
「どうしましたか?」
「わたしも久しぶりだからね、地図が更新されてないかなと思って」
建屋の横に併設された小屋へ向かう。小屋の看板にはネレド遺跡管理組合の名が記されている。
「ごめんください」
ルミナは挨拶をしながら扉を開けた。
「ゴド、久しぶり。最新の地図見られる?」
そう尋ねつつ、銅貨を二枚カウンターに置く。
「ああ、久しぶりだな」
カウンターの向こうに座っていた老齢の男ゴドが銅貨を受け取り、代わりに紐で縛られた紙束を渡してきた。紙束は一抱え程もあり、ずしりと重い。
ルミナはそれを備え付けの大机に置き、紙を広げた。それは巨大な地図だった。ダスラの地下水路と記された地図は目眩がするような細かい線で描かれている。各所に様々な筆跡で書き込みがされており、常に更新され続けていることがわかる。
書き込みされたインクは古く色褪せつつあるものから真新しいものまであり、その歴史の長さを感じさせた。
とても全て見られるような量ではないので、通し番号を頼りに数枚を探し出してざっと目を通す。
「難所は一年前からそんなに進んでないか」
その紙面は以前に見た時と変わっていない。書き込みの日付を読むと、最新の更新は数十年も前のものだった。
「おうよ、居住区がちまちま進んでるだけだな」
カウンターの向こうでゴドが答えた。
「最近顔見ねえと思ってたぜ、ルミナ。他の遺跡にお熱だったか?」
「いや、半分引退してた」
「……まあ、それも無理ねえか。悪かったな」
「いいよ」
ルミナは紙束を縛り直し、返却した。
「けど、まだ続けるんだな。そっちのは新しい仲間か?」
「まあ、そんなとこ。今から入るから名前残してくよ」
そう言って、ルミナはさらに銅貨を三枚支払った。
ゴドは用紙を取り出した。そこには多数の名前がずらりと並び、横には『進入』と『帰還』の欄が設けられている。多くの欄は日付で埋まっているが、ポツリポツリと帰還だけが空欄の名前や『死亡』と注記された名前があった。
「まずはルミナと、そっちのは?」
「はい、リフィトリア・ネレドと申します」
「は?」
ゴドが間の抜けた声を上げてリフィトリアの顔を見た。リフィトリアは微笑んで返した。
「ちょっと、リーフでいいから……!」
ルミナはリフィトリアを小突いた。
「そうなのですか?」
「そうなの」
「ですが、これは安否確認用の名簿では? 名前が分からなければ意味がない気もするのですが」
「わたしと一緒に書いてあるし、リーフのお父様なら分かるでしょ……」
こんな所に大公令嬢の名前を残す必要はない。実際、通り名を使う者も多い。
「ゴド、今の聞かなかったことにして。名前はリーフでお願い」
「あ、ああ……」
ゴドが困惑しながらも頷き、用紙には無事リーフと名が記された。
「じゃ、行ってくる」
「事情は知らんが、気をつけろよ。怪我させたら大事だぞ」
「分かってる」
「私は怪我をする覚悟くらい――」
「もういいから、行くよ」
不服そうに頬をふくらませるリフィトリアの手を引いて、ルミナは組合詰め所を出た。
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