第13話 ダスラ

 翌日、再び貸し切りの食堂で高価な朝食を終えた後、ルミナたちは馬車に乗り込んで出発した。本当に一泊しただけだ。

 背後に遠ざかるバロウズの街並み、もとい高級宿を見ながら、何かとてつもなく勿体ないことをした気分が湧き上がってきた。

 隣のリフィトリアは慣れた様子だ。このような滞在は日常茶飯事だったのだろうか。凄まじいことである。


 馬車は何事もなく街道を進み、昼過ぎには目的地が見えてきた。トレジャーハンターたちの町、ダスラだ。

「いよいよダスラですね」

 リフィトリアが興奮気味に言った。

「ダスラに来たことは?」

「ありますが、宿からは出ないようにと何度も言われていました。迷惑をかけたくなかったので言われた通りにしていましたが、正直退屈でした」

「まあ、それが正解だよ」

「ですが、今日の私はトレジャーハンターです。自分の目で町を、そして遺跡を見るのが楽しみでなりません!」


 馬車は町の大通りへ入った。とても賑わっているが、アルドロカムやバロウズとは通りの様子が大きく異なることがすぐに分かる。

 アルドロカムやバロウズと比べて高層の建物は少ない。また、建物の外観も多様で統一性が無かった。しっかりした造りの物もあれば、廃材を集めた掘っ立て小屋もある。酷い物は骨組みに皮を張っただけのテントのようだ。各々が好き勝手に建てまくって出来上がった乱雑と混沌があった。

 大通りの石畳はゴツゴツとしていて、所々割れている。大通りから外れた裏路地を覗けば、舗装されていない場所も珍しくない。上品な整備が行き届いている町ではないのだ。

 町中に遺跡を擁するダスラは、どこを見てもトレジャーハンターだらけだ。探索用品の店も多いし、発掘品を売買している店もある。探せばアルドロカムでは揃えられなかった珍しい装備も見つかることだろう。

 こういう町では高級な馬車はよく目立つ。こちらへ向けられるいくつもの視線を感じ、ルミナは車窓から目を逸らした。


 大通りの途中で西へ曲がり、馬車は町の高台を目指してゆるやかな坂を登ってゆく。ここから先は町の中でも治安の良い区画だ。

 トレジャーハンターの町にも長者はいる。兵士にきっちりと守られたこの区画には、ダスラを治める領主の屋敷の他、短期的に滞在する貴族のための高級宿や規模の大きな商館などが建ち並ぶ。下町とは明らかに街並みが異なる。

 馬車はその中でも最も立派な宿の前に停車した。

 二人で馬車を降り、高台から町を見下ろす。

 町のど真ん中に開けた空間があり、そこには簡素な石造りの建屋が設けられている。あれが地下水路への入り口だ。

 

「支度をしたら早速行こうか」

「遺跡へ向かいながら、町の様子を眺めても良いですか?」

「いいよ。あまり遅くなりすぎないように」

「今日は軽い寄り道くらいで大丈夫です。私はトレジャーハンターになったのですから、きっとまた町を回る機会はあるでしょうし」

 宿の部屋で荷物を選別し、すぐに出発した。

 馬車で来た道を徒歩で戻りながら、リフィトリアは町の様子を見回していた。

「何か気になるものある?」

「はい。この町には遺跡からの発掘品が多く売られているんですよね」

「うん。トレジャーハンターがたくさんいるからね、他の町よりも多いと思う」

 ルミナたちの周りには多くの店が並んでいる。

 きちんとした店を構えた所もあれば、路上に敷物を広げた露店もある。並べられた品物は多種多様であるが、宝飾品類のように一目で高価と分かるものはほとんどなかった。

「けど、こういう風に売られてるものは、すぐに買い手がつかなかった残り物が多いかな。明らかな金銀財宝のようなやつは買い手に困らないし、売りどころに困るものも、組合に聞けば買いたい人を紹介してくれる。それでも、値段の交渉で決裂したり、本当に買い手がいなくて残るものもある。そんなやつはこうやって安売りで処分したりするの」

「そうなんですね……」

 リフィトリアの視線は露店に並べられた品物をなぞっている。やがてひとつの品物に目をつけると、しゃがみ込んでそれを指さし、店主の男に尋ねた。

「すみません、これはどういった品物ですか?」

「さあね、ここの遺跡で拾ってきたもんさ」

 それはボロボロの書物のようだった。紙は痛み、表面は汚れて何が書かれているかほとんど判別できない。

「少し中を見ても構いませんか?」

「ああ、好きにしな」

「ありがとう」

 リフィトリアは書物を手に取り、ページをめくる。ルミナも後ろから覗き込んでみたが、やはり中身も傷んでいて読み取れなかった。僅かに見える部分も古いアルキャロの言葉で書かれているのだろう、さっぱり内容は分からない。

 何枚か代わり映えのないページをめくってから、リフィトリアは店主に言った。

「これ、買います」

「銅五枚だ」

 手早く支払いを済ませ、リフィトリアは商品を手に立ち上がった。

「リーフ、それが何だか分かったの?」

「いいえ、残念ながら」

「びっくりした……。目利きができるのかと思っちゃったよ」

「それが出来たらどんなにいいでしょうか」

 リフィトリアは困ったように笑い、商品をリュックサックにしまって再び歩き始める。

「分からないならどうして買ったの?」

「これが何の書物かは分かりません。ですが遺跡から出たのが事実ならば、この地が帝国に占領される前のアルキャロのことが書かれた資料であることに間違いありません」

「まあ、そうだろうね」

「それがこのように投げ売りされていることに我慢ならず、つい……」

「そんなこと言っても……」

 ルミナは辺りを見回す。同じような品物はそこら中で売られていた。誰にも価値がわからず、誰も欲しがらない。そんな遺物はガラクタとさして変わらない。

「きりがないけど」

「そうですよね。私は何をしているのでしょうか」

 リフィトリアは自嘲気味に笑った。

「ちなみに、この場でも売れないような物はどうなるのですか?」

「持ち主に余裕があればそのまま倉庫に死蔵されることもあるし、そうじゃなきゃゴミとして捨てられることもあるかな」

「ゴミ、ですか……」

「それ以前に拾われないことも多いよ。さっきリーフが買ったやつみたいなのとかさ。明らかに買い手がつかなそうだし、持てる荷物にも限りがあるからね。他に何も収穫が無いときに一縷の望みをかけて持ち帰ったりするけど、結局こうなるわけ」

 トレジャーハンターは一攫千金を目指して日々遺跡を探索し、大抵の場合は空手で帰るかゴミを持ち帰る。そういうものだ。

 話をしているうちに、二人は目的の場所に到着した。

 南本島屈指の大遺跡、ダスラの地下水路。その入口だ。

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